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『無職転生 ~蛇足編~3 ジョブレス・レッドカーペット』
理不尽な孫の手先生こぼれ話
ジョブレス・レッドカーペット。
レッドカーペットとは式典などにおいて要人を迎える際に敷かれる赤い絨毯のことで、今作においては「レッド」と「大切な人を迎える」という意味において、このタイトルにさせていただきました。
WEBの方では「アイシャ編」と呼ばれている今作を書くにあたって、最初に考えたのは「どうすればアイシャの人生は満足のいくものになるだろうか?」でした。
アイシャという人間の人生は、外から見ると余裕があって楽しそうに見えるかもしれませんが、彼女の視点から見ると「退屈」の一言につきます。
何でも出来る彼女の人生に「挑戦」というものはありません。あったとしてもせいぜい「ちょっと思い通りに行かない程度」で、困難というものに直面することはないでしょう。多少苦労することはあったとしても、他の人間よりも何倍も速く答えにたどり着く、その答えにたどり着くまでの道程も理解できており、達成感などほとんどない。それがアイシャの人生です。
普通の人に置き換えてみると、小学校一年生の算数を延々と解き続けるような毎日でしょうか。
不幸ではないにしても、満足した人生ではないと思いますね。
私は満足した人生を送るには、何か困難が必要だと考えています。
理不尽な困難である必要はありません。例えばオリンピックに出場するとか、プロ野球選手になるとか、そういった目標を持てば、大抵の人はおのずと困難にぶち当たるわけです。
そしてその困難を乗り越えながら、歳を重ねていくわけです。
乗り越えられずに挫折して他の道に行ったとしても、困難を乗り越えようとした過程で得たものは知識や経験となり、次の挑戦において頼もしい力となってくれます。また、他人の失敗や挫折に関しても寛容になり、人としての器の形成にも役立ちますね。多分。
となれば、その困難を越えてこなかった人間というものは、やはりどこか歪な大人に育ってしまうわけですし、よほどの自己愛が強い人でない限り、「自分の人生ってこれでよかったのかな」と疑問に思ってしまう気がします。断言はできませんが……。
アイシャはそれです。
困難を乗り越えたことが無いので他者に対して厳しく、しかしながら自分はあらゆることができてしまうので、誰も何も言ってこない。
そんなアイシャに必要なものは、失敗です。それも他者のせいで引き起こされた失敗ではなく、「自分が原因で起こる失敗」です。
とはいえ、アイシャは一人でいると失敗しないので、誰かは必ず関わってきます。
今巻におけるアイシャの失敗はアルスのせいと言えるかもしれませんが、肝要なのはアイシャが自分のせいで失敗したと認識することです。
とはいえ、かつてここをWEBで書いた時は、あることが出来ませんでした。
そう、アルス・グレイラットの掘り下げです。
アルスというキャラクターは、ルーデウスの子供にあたり、無職転生の本編には出てこないオマケの存在です。
私の中では彼が今後どういう立ち位置の人間になっていくのかというのは決まっていますが、それは後にどうなるのかという話であって、今の彼がどういう人間なのかという部分に関しては、私の中でも曖昧でした。
だからあくまでアイシャ、そしてルーデウスの失敗についてフォーカスし、アルスに関してはそこまで書かなかったのですが、これが失敗でした。
当時の『小説家になろう』の感想欄は賛否両論で(批判も多かったが擁護も多かった)、それはある程度衝撃のある話を書いた時はいつもそうなので特に問題ないのですが、私の中で納得がいかなかったのです。
とはいえ、ならばどう書けば納得がいくのかというのは当時の私には発想としてなく……どうすればよかったのかという結論に至るまで、十年掛かりました。
ちょっと飛び道具気味な構成ではありますし、今巻を読んで「いやいや孫の手先生、そうじゃねえんだ。俺達が言いたいのは、そういうことじゃねえんだ」と思う方もいるでしょうが、私個人としては、百点とは言えないまでも、少なくともこれで批判がきたとしてもうろたえないぐらいには満足のいく出来になっていると思っております。
思えばWEBでこの話を書いた時、私は自分の力というものを過信していたように思います。
自分が書けばどんな話でも面白くなる。面白くできる。
そうした傲慢があったことは間違いないでしょう。
しかし当時、それがどうにも自分が満足のいくところまで作れなかった。だからこそ批判の声に揺れたし、『小説家になろう』の運営から規約違反にあたると通達された時に、粘り強く修正するのではなく、削除を選んだのだと思います。とはいえ、修正するのに十年掛かったので、それもまた間違いではなかったとは思いますが。
話を戻しましょう。
アルスとアイシャはそんな感じで、あとはルーデウスです。
ルーデウスの過去のトラウマ、前世での最大の過ちについては、WEB版とそう大きく変わっておりません。罪は追いかけてきます。あえて言うなら書籍での設定変更に伴い、少し軽くなったぐらいかと思います。
無職転生というお話は、基本的にはルーデウスが前世、つまり過去と向き合う話だと思っております。過去と向き合うことで現世での人生を修正し、より豊かにしていく。
WEBでこの話を削除した後、多くの方は「この話は必要だ」と仰ってくれていました。
私もそう思います。
という感じの蛇足編3巻ジョブレス・レッドカーペット、でした。
無職転生もこれで三十冊目ですね。思えば遠くにきたものです。
この巻を出せたのも、読者の皆様、編集部の皆様方、イラストレーターのシロタカ様、その他関わってくれた皆様のお陰かと思います。
本当にありがとうございました。
では、次は蛇足編4巻でお会いしましょう。
©理不尽な孫の手/KADOKAWA