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『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~ スペシャルブック』
理不尽な孫の手先生 こぼれ話
無職転生十周年記念。
ということで、今回のスペシャルブックというものを出させていただきました。
何をもって十周年とするのか、というのは難しいところなのですが、今回は「小説家になろうで無職転生の第一話が投稿されてからちょうど十年」です。
二〇一二年一一月二二日、無職転生が産声を上げたってわけです。
せっかくの十周年記念本なので、思い出話を残しておこうと思います。
十年前、私は小学生の頃からライトノベルにハマっていましたが、当時はさすがにライトノベルというものから離れつつありました。
というのも、右を向いても左を向いても、学園ラブコメばかりだったからですね。さえない主人公の元に、破天荒なヒロインがやってきて、主人公の常識をぶち壊しつつ暴れまわる。そんな作品群がハバを利かせていました。
もちろんいろんな作品があり、中には面白いものもありましたが、私が求めていた作品は、小さな頃にかじりつくようにして読んでいた「僕らの知らない世界の冒険活劇」でした。ありていに言うと、ファンタジーで冒険者をやるような作品ですね。ゲーム機でいうとSFC時代のRPGが近いでしょうか。
もちろん、そういった作品もありましたが、主流ではなかった、と認識しています。
実際の所、ファンタジーですと銘打ちながら、登場人物が全員現代風の価値観をもっていたり、現代風の学園に通っていたりするものも多かったのです。学園ラブコメが主流かつ、ファンタジー作品は売れないとされていたっぽいので、ファンタジー舞台でもそういう方向に持って行きがちだった、ということですね。(当時の私はよくエロゲーとかもやっていたので、そっちの記憶と混同しているかもしれませんが)
自分もプロとして活動を始めてはや九年という立場でこう言うのもあれですが、食傷気味ではあったわけです。
もしかすると、この十年間のなろうの書籍化ブームで、同じようなことを思っている人もいるかもしれませんが、ようはそれと同じことを、私は当時のライトノベルに感じていたわけです。
そんな中、私は書店で金斬児狐先生の『Re:Monster』という作品を見つけます。
ゴブリンに転生した主人公が、ゲームっぽい世界を少しずつ理解しながら、ゴブリンとして成長していく、というお話です。
小説家になろう発の作品が増えた今となっては、そこまで珍しい設定ではないかもしれません。
でも、当時の私は驚きました。
まだこんな作品が生き残っていたのか、と。
ゲームっぽい世界とはいえ、ちゃんと「僕らの知らない世界」の話が世にまだ出てくるのか、と。
こういうのが読みたかったんだ、と。
そして『Re:Monster』を読み終わり、奥付まで読んだところ、『小説家になろう』のURLが書いてあることを発見し、何気なくそのURLをPCに打ち込んでみました。
感銘を受けました。
そこには、当時のライトノベルでは売れないとされていた、転生・転移・異世界といったキーワードを持つ作品が、大量にあったからです。
私は『Re:Monster』の続きを読み、「この小説をブックマークに登録している人はこんな小説も読んでいます」というリンクから別の作品に飛び、色んな作品を読み漁りました。
欲していた世界が、そこにはありました。
その後の書籍化ブームを見るに、案外、みんな私と同じような思いを秘めていたのかな、とは思います。
さて、そんな作品に感化され、私も自分なりの「異世界転生」を書き始めました。
無職転生ですね。
とはいえ、それを投稿するつもりはありませんでした。だって恥ずかしいじゃないですか。よく知らん奴に馬鹿にされるかもしれないし。
しかしながら、数か月も小説家になろうに入り浸っていると、稚拙な作品を多く目にすることになります。 当時の『小説家になろう』では、ほぼ全てがアマチュアによる作品ですからね。中にはプロレベルの作品もありますが、多くはそこまで大した技術力や文章力で書かれた作品ではなかったわけです。
そんな作品でも、結構いい感じに読者がついていたり、読む人もいるわけです。
そこで私は思ったわけです。「これなら、私の作品も馬鹿にされることはなさそうだな」と。
で、投稿を決意したわけです。
とはいえ、私は彼ら以上に素人。
ちょっと昔に新人賞に作品を応募していたとはいえ、橋にも棒にも掛からなかった人間です。
バカにされるされない以前に、そもそも読まれるかどうかもわかりません。
というわけで、それまでに書いた分を読み返しながら、ひたすら読みやすくする改稿を重ねました。簡単な言葉を使い、長い文章は切って改行し、要所に空行を入れる。
ジャンルも当時流行していた異世界転生もの。テーマも大勢の人に理解されやすい、家族や兄弟、恋人、友人……要するに人間関係全般をメインにし、読者の母数を増やすことを狙います。
目標は読者千人ぐらいです。
その目標が順当だったのかどうかは、今になってはわかりません。
最初の五話ぐらいまで、大してPVもつかなかったのは憶えています。
少なくともゼロでなければいい、読者がいればいいんだ、それは目標だが目的じゃないんだ、目的は趣味として小説の執筆を楽しむことなんだから、見てくれる人が少なくてもいいじゃないか。大体まだ始めたばっかだぞ……なんて考えていたのも憶えています。
さて、読みやすくしたのがよかったのか、それとも人間関係をメインにしたのがよかったのかは、わかりません。
七話、ロキシーとルーデウスの卒業試験の直後ぐらいから、爆発的にPVが増し、日間一位を取りました。
あまりにも早い目標達成でした。
そこからは、目標を他人に左右されないものに変え、楽しく無職転生を書き続けていくわけです。
他人に左右されない目標というのは、「〇章まで書ききる」とかそういうのですね。自分の努力だけで達成できるやつです。
なぜ目標をそう変えたかというと、「じゃあ例えば次の目標を読者一万人として、それが達成できないとわかった時に、お前どうするんだ? 書くのやめるのか?」という自問自答に、「書くのはやめない」と答えたからですね。
それ以来、私は他の人に「自分の努力だけで達成できる目標を立てろ」と言い続けています。
まぁ、そんなことをわざわざ言わなきゃいけない人が聞き入れてくれることなんて、ほとんどありませんでしたが……。
おっと、愚痴になってしまう。やめましょう。
と、ここまで書いた所で、ふと無職転生の一巻のこぼれ話でも似たようなことを書いたなと思い出し、読み返してみました。
いやー、大体似たようなことを言ってますが、あまり憶えのないことも書いてあります。自分の記憶というものは、中々に信用できないものですね。
それにしても、今の私にとっては思い出話ですが、当時の私にとっては、まだまだ執筆中の物語、ああしよう、こうしようという意欲のようなものがあふれていました。
願わくば、私が次の作品を書く時も、こういう状態でありたいものです。
興味のある方は、一巻のこぼれ話を読み返してみてください。
懐かしくも二〇一二年十一月末のことでした。
あれから十年。
本当にありがとうございました。
©理不尽な孫の手/KADOKAWA