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『泥船貴族のご令嬢~幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!~2』
江本マシメサ先生書き下ろしショートストーリー
「薬酒を作ろう!」
三人で暮らす新しい家の庭にはマルベリーの樹があって、フロレンシが大変気に入ったので選んだのだ。
何を隠そう、フロレンシはマルベリーが大好きで、ジャムにしてパンに塗って食べるのを楽しみにしていた。
今年はマルベリーが大豊作で、フロレンシは大喜びだった。
ジャムにしたり、シロップにしたり、焼き菓子に入れたりと、存分に味わったのだ。
まだ赤い未熟なマルベリーは、果実酒を作ることにした。
せっせと準備する私を、仕事から帰ってきたマリオン殿下は不思議そうに眺めている。
「ララ、これから何を作るの?」
「マルベリーの果実酒です」
初夏になると、蒸留室メイドがマルベリーを使って果実酒を作っていたのだ。
「マルベリーのお酒は父の好物だったんです。毎年、楽しみにしていて。私もあまりお酒は飲まないのですが、マルベリーのお酒は好きで、分けてもらっていたんです」
「そうだったんだ。思い出の味なんだね」
「ええ」
父の誕生日にプレゼントしようと、メイドから作り方を習ったことがあるのだ。
「僕も手伝おうか?」
「お疲れではないのですか?」
「ぜんぜん! やらせてよ」
「わかりました。では、お願いします」
まず、お酒を漬ける瓶を煮沸消毒させ、しっかり水分を拭き取る。
「リオン様はレモンを洗って、皮を剥いたあと、スライスしていただけますか?」
「わかった」
その間に、私はマルベリーを洗って水分を切り、氷砂糖と共に瓶に入れる。
「ララ、これでいい?」
「はい、ありがとうございます」
瓶にレモン、蒸留酒を注いで、蓋を閉じたら仕込みは完了。
「あとはしばらく熟成させるばかりです」
「へえ、どれくらいで飲めるの?」
「半月くらいしたら飲めますが、私は三ヶ月くらい置いたものが好きです」
「なるほど。忘れた頃においしくなるわけだ」
「そうですね」
半月経ったら、味見してもいいだろう。
なんて思っていたのに、私達はマルベリーの果実酒についてすっかり忘れていた。
思い出したのは、半年後のことだった。
「ララ、見てよ! 白髪が生えた!」
「あの、リオン様は銀髪の御髪ですので、それは白髪ではないような?」
「そうかな? 他の髪より艶がないと思わない?」
「う~~ん」
なんて会話をしていると、美髪や白髪予防に効果があるマルベリーについて思い出した。
「リオン様、マルベリーの果実酒が白髪予防に効果がありますよ」
「そうなんだ! というか、マルベリーの果実酒のこと、すっかり忘れていたね」
「ええ。わたくしも今、思い出しました。飲んでみますか?」
「いいの?」
「もちろんです」
マリオン殿下がマルベリーの果実酒を地下収納に取りに行っている間、私はグラスの用意をする。
つまみとしてクラッカーやチーズも用意してみた。
そういえば、マリオン殿下とお酒を囲むのは初めてのような気がする。
「ララ、見て! お酒、きれいな色に染まっているよ」
「本当ですね」
いい感じに熟成されているようだ。
グラスに注ぎながら、マリオン殿下に質問する。
「リオン様はお酒はお好きなのですか?」
「んー、あんまり飲まないかも。これまで毒を警戒していたから」
「な、なるほど。そういう事情がおありだったのですね」
今でも、他人の前でお酒を飲むことはないようだ。
「酔っ払った姿って、弱みのように思えて、なんだか見せたくないんだよね。でも、ララにだったらいいかな」
なんと言葉を返していいのかわからず、ひとまず光栄です、と言っておく。
「では、いただこうか。ララの美しさに、乾杯!」
その言葉に脱力し、ため息を吐いてしまった。
「どうしたの?」
「もう酔っ払っているのでは? と思っただけです」
「酔っているよ。ララにね」
「はいはい」
付き合っていられないので、適当に杯を交わしたあと、マルベリーの果実酒を飲む。
「あ――おいしい」
半年も熟成していたからか、味に深みが加わり、極上の美酒となっていた。
「リオン様、いかがですか?」
「うん、飲みやすいね。おいしい!」
「よかったです」
マリオン殿下はいつものように饒舌に喋っていたのだが、飲み進めるにつれて言葉数が少なくなっていく。
「あの、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、じゃないかも」
マリオン殿下の頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。
お酒に弱いなんて意外だった。
「どうかしました?」
その質問に、マリオン殿下は「ああ、どうかしているんだ」と答えた。
「ララ……君に酔っている」
「あの、何をおっしゃっているのですか?」
「見つめないで。溶けてしまうから」
わざと言っているのではないのか、と思ったが、本気で言っているように見えた。
どうやらマリオン殿下は、不思議な酔い方をするらしい。
耳まで真っ赤になったところで、お酒を取り上げる。
「もう眠りましょう。明日もお仕事ですから」
「うん、わかった」
聞き分けがいいマリオン殿下というのは新鮮だった。
なんだか楽しくなってしまった私は、いつもの反撃とばかりに質問を投げつける。
「リオン様はわたくしのどこが好きなのですか?」
私もかなり酔っているのだろう。普段であれば、絶対に聞けないことだ。
マリオン殿下はみるみるうちに顔を真っ赤にさせ、顔を逸らす。
その愛らしい仕草を見ることができただけでも満足だと思っていたのに、マリオン殿下はぐっと私に接近し、耳元で囁いた。
「心優しいグラシエラという存在のすべてを、余すことなく愛しているよ」
そう言って、とろけそうなくらいの微笑みを見せてくれた。
なんというか、その返しは反則だ。
からかうつもりで聞いたのに、逆に反撃を受けてしまった。
どうしてこうなったのか。
今後、お酒は控えようと心に誓った日の話であった。
©江本マシメサ/KADOKAWA