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『泥船貴族のご令嬢~幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!~1』
江本マシメサ先生書き下ろしショートストーリー
「レンができること」
ある寒い日の午後――リオンは侯爵家を訪問したところ、ララの姿がないことに気づく。
侯爵夫人と一緒にいたレンはションボリとした様子を見せ、元気がない。
リオンはすぐさま何かあったのだと察し、レンに優しく声をかけた。
「レン、何かあったの?」
「あ……」
レンは口を開いたものの、瞳を潤ませ、顔を俯かせる。
そんな彼の代わりに、侯爵夫人が答えた。
「ララが風邪を引いてしまったの。酷く咳き込んでいたから、休ませたのよ」
風邪が移らないよう、レンは本邸に連れてきたのだという。
「お母さん、ゲホゲホして、苦しそうで」
「そうだったんだ」
レンが風邪を引いたときはララが看病してくれるのに、今、自分は何もしてやれない、とへこんでいるようだった。
「ぼくが風邪を引いたとき、お母さんはずっと傍にいてくれるんです。でも僕は、風邪を引いてしまうから、近くにいたらだめだって」
やるせない気持ちを抱え込むレンの頭を、リオンは優しく撫でる。
この子のために何かできないか、と考えた結果、あることを思いついた。
「だったらレン、リオンお兄さんと咳止めシロップでも作らない?」
「咳止めシロップ、ですか?」
「そう!」
それは幼少時のリオンが風邪を引いたときに、乳母が作ってくれたものである。
子ども用だと言っていたが、よく効いていたので、乳母が引退するときに作り方を聞いていたのだ。
「おいしい上に、よく効くんだよ。どうかな?」
「作りたいです」
リオンは公爵夫人のほうを見ると、こくりと頷いた。
お許しが出たので、さっそく行動に移す。
「まずは材料集めをしよう。庭にある薬草を使うから、暖かい格好でやってくるんだ」
「わかりました!」
レンは侍女の手でスノーマンのようなシルエットになるまで防寒した姿となって、外へやってくる。
「リオンお兄さん、よろしくお願いします!」
「任せて」
深々とおじぎをする様子に微笑ましい気持ちになっていたものの、キリリとした表情を浮かべるレンを見ていたら、気を引き締めなければとリオンは思う。
「ここで集める材料は、ヒソップとタイムだよ」
ヒソップは喉の痛みを抑え、タイムは咳を鎮める効果があるのだ。
庭師にそれぞれの薬草が生えている場所を聞き出し、レンと一緒に採取する。
レンははさみを片手に、真剣な様子で薬草を採っていた。
「リオンお兄さん、これくらいあれば大丈夫ですか?」
「ああ、十分だよ」
続いて調合を行うために、台所へ移動した。
「まず、この薬草とショウガを鍋で煮込むんだ」
薬草は紐で縛り、ショウガは細かく切り刻んだ状態で鍋に入れる。
三十分ほどぐつぐつ煮込むのだ。
煮ている間に一休みしようかと提案するも、レンは首を横に振る。
鍋の様子を見守りたいと言っていた。
リオンはレンのやりたいことを尊重し、一緒に鍋を見守ることとなった。
三十分後――薬草とショウガを取り出し、濾したものに蜂蜜を加え、とろみが出るまで煮込む。
粗熱が取れたら、咳止めシロップの完成だ。
「できました!」
レンは達成感に満ちあふれた表情で、咳止めシロップが入った瓶を掲げた。
「じゃあ、これから一緒に、ララのところに行こうか」
「え、いいのですか?」
「少しだったらいいって、侯爵夫人が言っていたよ」
咳止めシロップを飲ませてあげようと提案すると、レンは嬉しそうに頷いた。
ララとレンが暮らすコテージを訪問し、手をしっかり洗う。
「リオンお兄さん、お母さんの寝室はこっちです」
寝室に近づくと、辛そうな咳が聞こえてきた。
扉を叩いて声をかけるも、反応はない。
レンが寝室に入ったので、リオンも続く。
ララは暗く狭い寝室で、一人、咳に苦しめられていたようだ。
化粧をしていない素の彼女は、実年齢よりも若く見える。風邪で弱っているので、余計にそう見えてしまうのだろう、とリオンは思った。
「お母さん、大丈夫ですか?」
レンがそう声をかけると、ララはわずかに瞼を開く。
「ああ、レン……大丈夫、ですよ」
息子を心配させまいと、ララは気丈な様子を見せていた。
「咳止めシロップを、リオンお兄さんと作ったんです。飲んでください」
「マントイフェル卿と?」
「はい」
ここでララはリオンがいることに気づいたようだ。驚いた表情を見せつつも、激しく咳き込んだので気にするどころではなくなったのだろう。
「レン、ララに咳止めシロップを飲んでもらおう」
「は、はい」
ララを起き上がらせ、咳止めシロップをスプーンで掬う。
「これを飲んだら少し楽になるから」
弱りきったララは、素直にリオンが差し出した咳止めシロップを飲む。
「あ、ありがとう、ございます」
「お礼はいいから、ゆっくり休むんだよ」
そのあと、レンもララにシロップを差しだし、飲ませていた。
氷嚢を変え、空気の入れ換えもする。
看病はこれくらいにして、リオンはレンと共に侯爵家の本邸へ戻った。
「リオンお兄さん、お母さんのために、ありがとうございました」
律儀な彼は、またしても深々とお辞儀をしてくれる。
「レン、お母さんはきっとよくなるからね」
「はい!」
数日後には元気なララに会えるだろう。そんなことを考えながら、リオンは手を振ってレンと別れた。
三日後――リオンはすっかり元気になったララと会う。
「マントイフェル卿、その節は大変お世話になりました」
「僕は何もしていないよ。レンが頑張ったんだ」
「しかし、咳止めシロップをレンと一緒に作ってくださったようで」
なんとお礼を言えばいいのか、とララが言ったので、リオンはある提案をする。
「だったら、僕が風邪を引いたときに看病してくれる?」
「それは――まあ、仕方がないですね」
断られるかと思ったが、あっさりと引き受けてくれた。
これは風邪を引くしかない、とリオンは思ったのだが、幼少期以来、体調を崩していなかったことに気づく。
自らの体の頑丈さに落胆するリオンであった。
©江本マシメサ/KADOKAWA