『万能鑑定士Q』シリーズ ブックレビュー 想像を凌駕する知性とサスペンス、カタルシスに満ちたミステリ!! 蔓葉信博(ミステリ批評家)

 「万能鑑定士Qシリーズ」はたいへん優れたミステリである。一部ミステリマニアの好むようなミステリではないが、それは本シリーズが放つミステリの魅力とはほとんど関係がない。では、そのミステリとしての魅力はどのようなものなのか。「万能鑑定士Qの事件簿」第I巻と第II巻での名探偵・凜田莉子の活躍を紹介しつつ、その魅力に迫ろう。
 第I巻冒頭で紹介される謎は、力士のような図柄のシールが都内各所のガードレールや店舗シャッターを埋め尽くすほど大量に貼られるというものであった。この奇妙ないたずらについて調べ始めた莉子は、日本全土を揺るがす一大経済犯罪の最中、それらの犯人を見事に当ててみせる。驚くべきは日本経済を混乱させた犯罪の手がかりこそ、その力士シールであったのだ。シールの存在をわざわざ冒頭に用意することからも、それが何かしらのヒントであることは読者には明らかだが、それでもこの一大トリックを見破るのはほとんど不可能だろう。それどころか日本の存亡すら危ぶませるほどの経済犯罪の凄まじさに、読者は落ち着いて推理をするどころではないはずだ。
 それら事件に鑑定士として独り立ちする莉子のストーリーが併走するのだが、それは一人の少女が名探偵として覚醒していく実にスリリングな話なのだ。超人的な感受性に支えられた推理能力で彼女は物の価値だけでなく、ホームズよろしく出会った人の職業や悩み、果ては日本を混乱に陥れた事件の真相まで喝破してしまう。
 このように本シリーズは「人の死なないミステリ」と銘打たれているが、日常の中の些細な謎とは違い、シリーズを通じて巧妙極まりない詐欺事件や盗難事件の不可解な謎を中心に据えている。そのシンプルかつ大胆なトリックによる犯罪の数々、二転三転し読者を飽きさせない展開、そしてなにより凜田莉子の超絶的な推理という三本柱が本シリーズにおけるミステリの魅力なのだ。
 マニア向けのミステリ作品の多くは重厚な作風が魅力的な一方で、通にしかわからぬ展開や結末に戸惑いを覚える読者も少なくない。その点、「万能鑑定士Qシリーズ」は、コンパクトでありながらそのサイズからは想像できないほどの知性とサスペンス、そしてシャープなカタルシスに満ちている。なるほど多くの読者の支持を受けるのも当然のことなのだ。
 だからこそ、まだ「万能鑑定士Qシリーズ」に触れていない読者、さらにできればマニアなミステリファンの方にも本シリーズの魅力を堪能いただけたら、これに勝る喜びはないのである。



置いていかれる感ゼロの傑作シリーズ!! 小橋めぐみ(女優)

 シリーズものは、一歩出遅れてしまうと、手を出し難いところがある。最新作から読んだら、所々分からないかもしれないと思うし、もう既に十冊以上も出ていると、最初から読むのもゴールが遠すぎるように感じてしまう。結果、シリーズものをチラチラ横目で見ながら、一冊読みきりタイプの小説を手に取るケースが常だった。今までは。
 「万能鑑定士Qシリーズ」は最新作から読み始めたのにもかかわらず、置いていかれる感ゼロだったことは、嬉しい驚きだった。そしてたちまち、超人的な記憶力と審美眼を持つ美しき主人公、凜田莉子の生い立ちや環境に興味が湧いてしまった。 「この抜群の記憶力はどこから来ているのか?」「チープグッズって?」「小笠原悠斗との関係は?」
 気づけば、事件簿シリーズに戻り、次々と読破している。
 一冊読み終えるごとに、私の頭もどんどん良くなっている(ような気がする!)。
 最新作から第I巻に戻ると、何よりまず驚かされるのは、過去においての、恐ろしいほどの莉子の天然キャラと劣等生ぶりである。とても同一人物だと思えない。人は成長するものだというけれど、ここまで小説の中で成長する主人公は、SF以外、あまりお目にかかれない。が、成長するのである。鍵となっているのは、彼女の強すぎる感受性。

 「教科書を読むときには、いつものきみでいることだ。つまり、書かれている内容に感動すべきなんだ。」(「Qの事件簿」I巻より)

 莉子の育ての親でもある「チープグッズ」の店長、瀬戸内陸のアドバイスによれば、感動を伴う記憶は強い印象を残す。それを勉学にも応用すれば、覚えられるはずだ、と。
 第I巻の「買い取り面接」での瀬戸内と莉子のやり取りは、難しい参考書の付録に必ず付けてほしいぐらい、目から鱗、読んで納得!のシーンだった。そうして知識を身につけ、見る目を養い続けた莉子の前には、様々な難事件が立ちはだかる。お金儲けのために偽物に走ってしまったり、本物の美しさに魅入られ、悪事に手を染めてしまったり。
 人間は、本物と偽物、真実と虚構の狭間で、時に大きく揺れ動く。そんな危うさの中で、莉子は、さり気なく、本物の輝きを示す。真実に、光を当てる。
 莉子は言う。「人の本質は善なのよ」(「Qの事件簿」VI巻より)。人は誰しも、「本物」の心を持っている。それを誰よりも知っている莉子は、相手の心が悪に傾いてはいても、その中にある「善」の存在を信じている。偽物を手にしていても、最後には必ず、本物を求めることを知っている。

 「凜田莉子は常に周囲に影響を与えつづける女だ。彼女と向き合うとき、自分の人生がいくらか変わることを覚悟せねばならない。」(「Qの事件簿」II巻より)

 美しいだけではない。知識が豊富なだけでもない。
 シリーズを読み続けている今、私の人生も変わり始めているのかもしれない。
 本物の知性を、目の前にして。

蔓葉信博(つるばのぶひろ)ミステリ批評家。『ジャーロ』『ユリイカ』などに評論を寄稿のほか、『ミステリマガジン』のライトノベル評を担当(隔月)。共著に『21世紀探偵小説』など。

小橋めぐみ(こばしめぐみ)1979年7月3日、東京都生まれ。女優。無類の本好きとして知られる。映画、テレビ、舞台などで活躍。代表作に、映画「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」、「マリッジリング」、TBS系ドラマ「月曜ゴールデン『狩矢警部シリーズ』」、テレビ朝日系ドラマ「土曜ワイド劇場『法医学教室の事件ファイル』」など。