グラスホッパー <伊坂幸太郎>

著者インタビュー

※このインタビューは2004年6月に収録されたものです。

「グラスホッパー」ができるまで

―初めて編集担当から原稿の依頼があったのが、今から三年前だそうですね。

伊坂そうですね。二〇〇一年の冬に編集さんに声を掛けてもらって、仙台でお会いしたんです。デビュー作の「オーデュボンの祈り」が二〇〇〇年の十二月に出てまして、それまで他の出版社さんから注文がまったく来てなかったわけじゃないんですけど、でもほとんどなくて、そんな時に、発売から一年も経ってから急に声を掛けてくれたんでびっくりしました。

―その時から、今の「グラスホッパー」の原型となるものはあったんですか。

伊坂全然なかったんですよ。当時は「ラッシュライフ」を書いてたんですけど。それで編集さんといろいろと話している中で、「漫画はどういうのが好きですか」っていう話になった時に、「多重人格探偵サイコ」の話題が出て。「あれ、面白いですよね」というような話をして、僕も読んでいて好きな作品だったんですけど。それで、あの作品って結構読む人を選ぶお話ですよね。

―確かに。

伊坂だから、編集さんはああいう世界が許容できる、面白がってくれる人なんだなっていう印象はあったんです。もしかすると単に、あの漫画が角川書店から出ていたから、だけかもしれなかったんですけど(笑)。それで、その後「ラッシュライフ」が出たときに、またお会いして。「そろそろどういう作品にしましょうか」って話になった頃には、既に「殺し屋がたくさん出てくる話っていうのはどうなんだろうな」と思ってたような気がします。
僕の好みとして、強い人が何人か出てきて、彼と彼が戦ったらどっちが強いんだろうっていう「ワクワク感」が昔から好きなんです。前にあるライターさんとも話していたんですけど、ボクシングでも、辰吉と鬼塚とどっちが強いんだ? とかそういう「ワクワク感」って好きで。だから、非情でプロフェッショナルな殺し屋が何人か出てきて、「こいつとこいつ、どっちが強いのか」っていうお話は、ワクワクするんじゃないのかなっていう思いがあって。それを群像劇的に書こうかなっていうのが最初に浮かんだんです。まあ、そんなに深く考えてはいなくて、もっとコミカルで喜劇的な小説をイメージしていたんですけど。

―では、今の「グラスホッパー」にある、押し屋、鯨(自殺屋)、蝉(ナイフ使い)、この三人の対決というのは、最初の頃から考えられてたんですね。

伊坂ただ、蝉ってキャラクターは、僕の中では最初はスナイパーだったんです。例えばビルの上から照準を合わせて、鯨を狙っているシーンみたいなのを書きたいと思っていて。それで、編集さんにまず最初はメールで殺し屋のアイデアを送ったんです。その頃から、「押し屋」と「自殺屋」っていうアイデアは自分の中ではすごいアイデアなんじゃないか(笑)、と気に入っていて、一番最初からあったんです。それから、スナイパーの蝉。あと、車で轢き殺す「轢死屋」とか、犬を使って噛み殺させる殺し屋とかもいて。そういうアイデアを最初に出したら、「スナイパーっていうのは割とありがちなんじゃないか」と。「『押し屋』と『自殺屋』というアイデアはすごくいいので、全部事故死に見せ掛ける“殺し屋"の小説っていうのは面白いんじゃないか」って話になったんです。

―事故死か自殺かってわけですね。

伊坂そうそう、要するに“殺した"という形跡を残さない殺し屋ということで統一するのはどうか、っていう返事を編集さんからもらって、それは面白いなと僕も思ったんです。それで、押し屋の槿(あさがお)と自殺屋の鯨は残して、蝉を轢死屋に変えて。あと、蛍っていう女の殺し屋を加えたんです。

―蛍というのはどういうキャラクターだったんですか。

伊坂通り魔殺人に見せ掛ける殺し屋だったんです。すごい美人で、男の人を路地裏に誘って殺すんです。通り魔って、わりとよく発生するじゃないですか。だから、そういう無差別殺人の一つに見せ掛けて殺すわけです。事故死のちょっと変形なんですけど。その四人で最初書いてたんですよ。結構いい感じだったんですけど、だんだん進んでいくと、逆に事故死だと彼らが対決しようがなくなっていくんですよ(笑)。

―確かに(笑)。事故死では接点がないですからね。

伊坂書き始めて四百枚ぐらい進んでも、戦いようがないんです。それで、本当にどうにも進まなくなっちゃって。それで、ちょっといろいろ悩んだんですけど、大幅に変えようということになったんです。それからは、まず新しいキャラクターの設定をいくつか投げてみることにしたんです。ただ、自殺屋と押し屋についてはかなり気に入っていたので、それは変えるつもりはなくて。それと、僕が「ラッシュライフ」を出した後に周りの友人たちから「五つのストーリーを読んでると、難しいし、飽きちゃった」というありがたい(笑)反応があって。それじゃあ、四つ並行というのも辛いのかもって思って、一人減らしたんです。

―三人ぐらいがいいんじゃないか、と。

伊坂そうですね。それと、轢死屋に関しても、やっぱり最後の対決で轢き殺すっていうのは無理が出てくるんですよ、どうしても。なので、もう事故死というのを諦めて、ある種ベタなんだけども、ナイフを使う殺し屋を足して。それで、三人体制という形で組み直したんです。それからは、毎月月末に出来た原稿分だけ編集さんに送るようにしたんです。「月刊グラスホッパー」と題して(笑)。一回目で四百枚ぐらい書いて行き詰まってしまったので、今度は事前に見せたほうがいいだろうと思って。自信もなかったし、それで毎月百枚程度を担当さんに送ったんです。

―それはいつぐらいから始めたんですか?

伊坂去年の九月ぐらいからですね。毎月送っていって、「ここまではどうですか、面白いですか」と聞きながら。毎月送るたびに、前半部分も手を入れていたので、一番はじめの章なんて二十バージョンぐらいありましたね。あとは書いている途中で、いろんな種類の殺し屋が出てきたりもして。瓜みたいな顔をしている「瓜」とか……。

―瓜(笑)。

伊坂そういうふうにしてバージョンが少しずつ違った「月刊グラスホッパー」をずっと送ってて。ただ、今年の二月ぐらい、二月号に関してはガラッと変わったんですよ。

―それは何が変わったんですか。

伊坂それは「視点」の問題もあったんですよ。「ラッシュライフ」は三人称の小説なんですが、あの作品を書いていた時はほとんど何も考えてなかったんです。一人称と三人称の違いには自覚的ではなくて。その次に「陽気なギャングが地球を回す」という作品を書いた時は、悩んだ結果に三人称を選んだんですけど。あの作品は、普通の三人称の手法をそのまま使ってるんですよ。「陽気なギャング~」の四人のキャラクターはみんな仲間で、ひとつの集団じゃないですか。

―確かにそうですね。

伊坂そのひとつのグループの中で、視点がちょこちょこと変わる感じに書いてはいたんですよね。それ以降、僕は三人称を書くのが少し怖くなってしまって。読者を感情移入させるには、三人称は本当に難しいっていうことがなんかわかってきたんです。それでちょっと逃げではあるんですけど、とりあえずしばらくは一人称でいこうと思ったんですね。「重力ピエロ」とか「アヒルと鴨のコインロッカー」とか、短編も。ただ「グラスホッパー」に関しては、鯨とか蝉という文字自体が僕は非常に好きなんですよ。

―それは字面として、ということですか?

伊坂要するに「鯨」って出てきたら大きいやつだろうとか、「蝉」って出てきたらうるさいやつだろうとか、そういうイメージがわかりやすく伝わるんですよ。読者が読み進んでいる時に「こいつ、誰だっけ」って思われるのが僕は一番辛いんです。「鯨」って出てきたら、「ああ、あの大きいやつね」ってわかるじゃないですか(笑)。だから、「グラスホッパー」は一人称にできなかったんです。ただ、書いている途中でやっぱり一人称に直したりとかもして、本当に悩んでたんです。「グラスホッパー」の執筆期間って、「陽気なギャング」発売前からなので、多分一年半以上なんですけど、とにかくずっと悩んでいて、それがある時、ローレンス・ブロックの「殺しのリスト」って小説を読んだんです。今年のはじめに。あの小説は三人称なんですけど、一人称の言葉、語りがバンバン出てくるんですよ。それを読んだ時に「ああ、それでいいんだ」と開き直っちゃったんです。「陽気なギャング~」の時の三人称の書き方でやれば、「やるしかないじゃない、と妻の声が聞こえた。君の言うとおりだ、と鈴木は思った」とか、そういう文章になるはずなのに、「グラスホッパー」では、もう、一人称の心理描写みたいにしちゃって。「それはもういいや」と思って。そう開き直った時にすごい楽になって、小説もリズムがでてきて。それで今年の二月にそれまで書いてた登場人物もバーッと減らして、最少人数にして今の形にしたんです。それは、去年一年ずっとこの話を書いてきたのが生きたんだろうなって思いますね。だから「グラスホッパー」二月号を送るときに、編集さんには「全然知らない人が出てますし、鈴木には死んだ奥さんがいる設定になりましたが気にしないでください」って言って(笑)。

―じゃあ、今残っているキャラクターは、その中から勝ち残ったわけですね。

伊坂そうですね。彼らは勝ち組です(笑)。

―では、それぞれのノミネート理由を(笑)。
槿と鯨は最初のバージョンからずっといたんですね。

伊坂そうですね。槿に関して言うと、僕は「オーデュボン」に出てくる優午みたいに、登場人物の中で一つ上のレベルにいる、全体を俯瞰しているような存在っていうのがすごく好きなんですね。槿もそういうイメージで、何事にも動じず達観してる男、そういう存在ですね。彼を書いているのは気持ちがよかったんですよ。鯨も最初のころは、自殺屋というのとドストエフスキーを読んでいるっていうイメージだけがあったんです。体格がすごくいいのに暴力を使わないで殺すっていうところが結構面白いなと。いろいろなバージョンの「グラスホッパー」を書いてきましたけど、鯨だけは終始一貫変わってないんです。僕は鯨のシーンの文章は、ほとんどいじってないんですよね。

―蝉はどうですか。

伊坂蝉に関しては、そんなには感情移入していないんですけど、ただああいうふうにべらべらしゃべる若者というのは比較的好きなんです。彼に関しては、本当に蝉という名前、ミンミンうるさいというところから来てるので。それと、やってる仕事を抜きにすれば、好きな若者像ではあるんですよね。定職にもついて、ブツブツ文句を言いながらもちゃんとやることはやっているし。

―なるほど。でも、蝉って一番プリミティブな分、すごい等身大感はありますね。

伊坂そうですか。確かに普通の若者的なイメージはありますね。不良みたいな若者が度が過ぎていって、どんどん外れていって。そして、運動能力があったり自分の頭の回転の良さの使い方がわからなかったがためにああいうふうになって、という。

―たまたま才能を持っていたがために、殺し屋になってしまったっていうイメージですね。
蛍と蝉がいて、蝉の方が生き残った理由って何でしょうか。

伊坂いやあ、何となく女性を書くのが得意じゃないからだと思うんですけど(笑)。僕は自分が男にもかかわらず、男性のこともよくわからなくて。だから、女性はさらによくわからないんですよ。女性がどういう考え方をするかもわからないので、書く時はみんな男だと思って書いてるんですよ。要するに全部僕の感覚で書いているんです。それで、蛍っていうキャラクターは、女性の美しさとか性的な魅力を武器にしていたんですけど、それはやっぱり僕には書けなかった。ちょっと無理が出そうだったんで。そういう理由で蝉が勝ち残ったと思うんですけどね。

―槿を追いかける鈴木に関しては?

伊坂鈴木は本当にいろんなバージョンを書いたんですよ。彼が最初に登場する第一章もものすごくたくさん書いていて。でも、今のがやっぱり一番ぴったりきていて、なんかよかったんでしょうね。あと、彼が言う「僕は結構頑張ってるんじゃないかな」っていうセリフが好きなんです。「僕は頑張ってるんじゃないかな」って、あんまり人に言えない言葉じゃないですか、自分の押し売りみたいで。でも、そういう鈴木のなんだかネガティブなのかポジティブなのかよくわからない雰囲気っていうのは好きだったんですよね。彼らに関しては、本当にずっと書いていたような気がするんですよ。実際、去年出した三冊の仕事をしている間もずっと、この、「グラスホッパー」は書きつづけていたので、鯨とか蝉たちは僕の中にすごい存在感があるんですよね。だからどうにか、「頑張って書かなきゃいけない」って思っていました。

―二年間かけて生き残ってきたキャラですもんね。

伊坂しかも毎月月刊で書いて送ってたんで。非常に思い入れはありますね、彼らには。

―タイトルに関してお聞きしたいんですが、いつ「グラスホッパー」というタイトルを思いつかれたのでしょうか?

伊坂槿が「飛びバッタ」に関して言及しているシーンがあるんですけど、その現象というのが僕にとってすごい興味深くて。

―バッタが黒く凶暴になってしまう、というやつですよね。

伊坂そうです。「飛びバッタ」の話を聞いたときに、それは人間にも適用されるんじゃないかっていう思いはあったんですよ。その時から、「飛びバッタ」っていうのをいつか作品に盛り込みたいと思ってて。その時に「バッタって、そういえばグラスホッパーっていうよな」と思って。「グラスホッパー」って、音の響き的にすごくいいじゃないですか。ポップな感じもするし。

―じゃあ、当初から「グラスホッパー」っていうタイトルは……。

伊坂あったんですよ。殺し屋の話=「グラスホッパー」っていうのは、ずっと僕の中ではあったんですよね。

「グラスホッパー」の三大テーマ?

―それと、今回の舞台は仙台じゃないですよね。

伊坂ええ、仙台って平和な街なんで(笑)、こういう殺し屋はいないんです。

―いないんですか(笑)。

伊坂あと、僕は地方に住んでるので、「東京は物騒だ」という偏見があるんです。東京には、殺し屋がいる、と(笑)。と言いますか、今回は物騒な小説なので、記号的に東京という場所を出せば、なんか「日本で一番物騒な街の話なんだな」と読者にも受け止めてもらえるんじゃないかなと思って。それで今回は最初から東京が舞台ということになってます。

―伊坂さんの中にある、"物騒な東京"なんですね。
「グラスホッパー」の世界は。

伊坂そうです(笑)。それと、僕は小説にあまりテーマは込めていないんですが、「グラスホッパー」に関しては三つのテーマがあるんですよ。ひとつは「田舎に住もう」。

―「田舎に住もう」ですか(笑)。

伊坂テーマというとちょっと大袈裟ですけど。槿が語っている「飛びバッタ」のたとえ話じゃないけど、密集して住んでいるとバッタですらそんな変化が起きるんだから、人も密集したら変化は起きるはずだ、よくないんじゃないかと。だから、「田舎に住もう」。二つめは「選挙に行こう」。

―(笑)。

伊坂蝉の上司・岩西が繰り返し「選挙権」に関してしつこく喋っているので、それだけなんですけど。それで、三つめのテーマは「シジミのみそ汁はおいしい」。

―「おいしい」って(笑)

伊坂僕はシジミの砂抜きをする時が、やっぱり好きなんですよ。というのは、僕は釣りもやらないし、生き物を殺して食うという過程はほとんどないんですね。肉は最初から切られてあるし。シジミだけは殺すんですよね、バーッと熱湯に入れて。その時にプカッとか泡を吹き出して呼吸してるシジミを見て、「やっぱり悪いな」とかって思う不思議な感じってあるじゃないですか。買ってきた肉に対しては思わないのに。「ああ、ごめんね」という感じがしていて(笑)。そうやってシジミの料理をする時が好きというか、興味深いんですね。

―「これを殺して食う、ということが重要だ」って作品にも書いてありますよね。

伊坂そうなんです。釣りをする人は自分でさばいたりするから、実感はあると思うんですけど。僕は獣も殺したりはしないので。まあ、蚊ぐらいですか。

―蚊(笑)。

伊坂食べないですけどね。虫とか。そうそう、だから、虫もテーマなんです。

―えっ、虫の何がテーマなんですか。

伊坂特にないんですけど。

―(笑)。

伊坂いや、僕は虫が好きなんですよ。ただ、「虫好き」って書いて家に直接送られてきたら困るので、絶対に送ってはこないでください(笑)。触るのとかはすごく苦手なんですよ。ただ、興味深いんです。フォルムとか。だから、写真とかテレビとかで見るのはすごい好きなんですよ。実際にいたらダメですけど。

―好きなんだか嫌いなんだか全然わからないんですけど(笑)。
ただ、虫っていう存在がすごい興味深いわけですね。

伊坂そうですね。種類もすごい数があるし、日々新種が発見されてるっていうし。「虫の方が地球のメインの主人なのではないか」っていってる学者さんもいるらしくて。「今の地球のバランス、水の量などから考えると、一番生存に適してる動物は虫である」という話も聞きました。確かに虫は虫で俺たちが主役だと思ってるのかなと思って。そういうのもあって興味深いんですよね。

―今回槿の家族というのも登場してくるんですが、伊坂さんの作品ではこれまで「家族」というものを取り上げられてきたことが多いと思うんですが。

伊坂僕は、家族の関係ってすごく好きなんです。「親子っていいよね」とかそういうんじゃなくて、その滑稽さ、というかそういうのが好きで。縁が切れない滑稽さというか。

―というのは?

伊坂親だって完璧じゃないし普通の人間なのに、なぜか親子の間には優劣、上下関係がありそうな感じがあるじゃないですか。それで、「なんかこいつ、嫌だな」と子供が親のことを思っても、子どもは子どもであることには変わらないし。それって、喜劇というか、僕にとっては面白いことだと思うんですよね。  それと、親から教えてもらったものって、子供にとっての武器だと思うんですよ。アイテムのような。子どもの時に教わったしゃべり方であったり、「じゃんけんの時はまずパーを出しなさい」だとか。そういうのって、大体嘘なんですよ。

―(笑)。

伊坂嘘っていうか、親にも根拠はないはずなんですよ。親だって人間だし、一回しかまだ生きてないのに。でも、子供はそれを無条件に信じますよね。その関係の滑稽さ。僕自身も子どもの時に親から教わって信じてたことが大体嘘だった、っていうのがあるんですよね。大きくなって「このもらったアイテム、使えねぇじゃん」とわかる、とか(笑)。そういうのって、現実の本人は悲劇だけど、物語として書く分には喜劇、ユーモアだと思うんです。ということはつまり、暖かくて、優しい空気が漂っている気がして、だから好きなんでしょうね。

「悪」について

―悪役についてもお聞きしたいのですが、今回では比与子や寺原がそうなんですが、伊坂さんの書かれる悪って本当に邪悪ですよね。
「ラッシュライフ」の画商の男もそうだし、「オーデュボン」の城山もそうだし。

伊坂そのあたりは、各小説によって、意識が違ったんですよね。最初から勧善懲悪をやろうと決めて、記号的な悪を出す場合もあれば、物語の流れ上書いていったら、そういう悪者になってしまった場合もあるんです。比与子に関してはどうだったのかな。ただ、他の鯨とか蝉とかに比べると小さい悪党ですよね。会社の中でいい気になっているだけで。

―伊坂さんの中で「こういうものが邪悪さだ」っていうものはあるんですか?

伊坂僕は「邪悪」っていうのはよくわからないんですが、悪意がすごく嫌なんです。人の悪意。レイプ犯やペット殺しっていうものを書いたのも、リスクのない暴力っていうのにすごく嫌悪感があるからなんですよ。

―リスク?

伊坂要するに、同じ力の者同士が殴り合うのであればリスクを背負っているんでしょうが、レイプとかペット殺しっていうのは、最初から力関係があって勝負が決まってますよね。そういうリスクのない暴力に対して嫌悪感があるんで、僕が悪者を描いてる時にそうなる傾向はあるのかもしれません。意識して書いてるんじゃないんですけど。だから、身近なことで言えば僕は、嫌味とかも嫌いなんですよ。嫌味っていうものを発する必要性ってないじゃないですか、本当は。

―ないですね。

伊坂なのに、なぜかみんなが嫌味を発したりするのは、やっぱり悪意があるからなんだろうなと思うんです。「何でそういうことを言うわけ」って思う時とかあるじゃないですか。ただ、動物の間には悪意ってないような気がするんですね。嫌味も言わないだろうし。だから、僕は動物が好きなんですよね。ムツゴロウさんみたいに、よしよしとか撫でるのは苦手なんですけど。

―(笑)。

伊坂動物にそういう興味があるのは、動物が何かを殺す時に悪意を感じないんですよね。「お腹減ってたのかな」とか思いますよね。もし犬が人を殺したとしても、「人がなんかやったんじゃないの」と思うんですよ。ただ、人が何かを殺す時に悪意であったりとか、いたぶってやろうとか、そういうものがプラスされてくるのが嫌なんです。だから、逆にそういう意味で人の悪意には興味があるから、僕の書く悪人がそうなるのかもしれません。

―蝉も鯨も普通の尺度でいうと悪人ですよね。

伊坂そうなんですよ。

―その彼らとこれまでの邪悪さを明快に分けてるものって、やっぱりリスクなんでしょうか。

伊坂ああ、でも、ああいう人たちが実際にいたら好意を持つかっていったら僕は持たないですけど(笑)。ただ、蝉にしてもナイフで戦うときは、「こいつ、どれだけやるんだよ」っていう思いがあって、ある種の戦いなんですよ。蝉にとっては、対決、試合なんだと。自分の能力に対する自負があったり、サッカーの勝負と近い感じなんで。だから悪意を感じないふうに、結果的になりましたね。

―こんなにてんこ盛りで、いわゆる悪人が出てくることって伊坂さんの作品ではなかったことですよね。
でもこの清々しさは何だろうって、読んでて思ったんです。

伊坂そうであれば嬉しいのですが(笑)。僕の小説はよく、「悪役が悪役っぽすぎる」と言われるんです。確かにいま言ったように意図的であったり、僕の無意識であったり、そういう部分があるんですが。ただ、今回は悪人ばっかりなんで、その分どう思われるのかなという興味はありますね。

伊坂幸太郎、還暦説?

―あと、少しマニアックな話になるんですけど。
今回も出ました、「神様のレシピ」。

伊坂そうですね。作品間に連続性を持たせたいっていうのがまずあって。それと、僕自身が「神様のレシピ」という言葉が非常に好きなんです。「運命」とかそういう言葉よりは、よっぽどいいのではないかなという気がするんです。なんかレシピだとちょっと間違いもありそうな感じもするし。僕も小説を書いてて「どうしたらいいんだろう」とかよく悩むんです。去年もある時、小説の内容ではなくて、自分の置かれている状況にかなり思い悩んでいたんですが、その時メールである評論家の人に、「どうしたら正解なのかわからないんですよね」って書いたら、「それは神様のレシピに書いてあるんでしょ。考えたってどうしようもないでしょ」って返ってきて、あれは嬉しかったですね(笑)。

―言い返されたわけですね(笑)。

伊坂「ああ、いい言葉だな」って自分でも思って(笑)。「要するに、いろいろ考えたってしょうがないんじゃないの、それはレシピに書いてあるんだから」みたいなことを言われて僕自身が楽になったし。何となく、ただ諦めるんじゃなくて、「何かしらの料理は出来上がるんじゃないだろうか」という「前向きな開き直り」という感じが好きなんです。あと、僕はこの作品で「伊坂幸太郎還暦説」というのを唱えていて。

―還暦?

伊坂というのは僕は、「グラスホッパー」はデビュー作の「オーデュボンの祈り」に一番近いのかな、と思ってるんです。書き始めた当初は、殺し屋が複数出てくる話なので「陽気なギャング~」とか、もしくは群像劇なので「ラッシュライフ」とか、そちらの系統の話になるのかなと思ってたんです。でも出来上がってみたら、「オーデュボンの祈り」に近いかなと思ったんです。  ひとつには、ある人に言われたんですが、変わった人ばかりの中に、普通の人が一人出てくる、というパターンが似ている、と。それともうひとつは、両方ともジャンル的にはよくわからない小説なんですよ。物語の中で起こってることは、カカシがしゃべったりとか殺し屋が出てきたりとか突飛なことなんだけど、結構淡々とオフビートに物語が進むっていうのも似てると思うし。  だからそういう意味でも、なんだかすごく「オーデュボンの祈り」的な雰囲気がある小説だなぁ、と。だから「伊坂幸太郎はこれで一周回ったんだ」という意味で、還暦ということなんですが(笑)。  あと、これは太字で書いてほしいんですけど、「叙述系のトリックは含まれておりません」って。

―(笑)。

伊坂三人の視点が順番に出てくる構成になっているので、読者によっては「これは何か仕掛けがあるのではないか」と疑われると思うんです。例えば、時系列がずれているんじゃないかとか、鯨と蝉は同一人物なんじゃないかとか。そういうミステリー的な仕掛けを期待されると今回は困るんです(笑)。「チルドレン」の時も、「二話目で、時代が十年後に飛ぶから、仕掛けがあるかと思った」とか言われたりして。がっかりした、とか(笑)。

―そこは素直に読んでくださいということですね(笑)。
それでは最後に、今後のご予定を。

伊坂次の書き下ろしは学生と超能力の話を書くということだけ決まってます。まだ進んでないですけど、麻雀と大統領がキーワードなんだ、ということは頭にあるんですよ(笑)。あとは文芸誌に短編を書いてます。「オール讀物」で「死神」の話、「小説すばる」では「終末」っていう世界の終わりの話を書いてます。それと、「陽気なギャング~」の短編を「小説NON」にも書いていて。その三本が進んでいる感じですね。いつ終わるのかも分からない果てしない旅、という気分です(笑)。

―早く次の新作が読めるのを楽しみにしております。
今日は本当にありがとうございました。

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