漫画家から一転、小説家へ
――畠中さんは漫画家としてデビューしたのち、小説家へ転向なさっていますよね。そのキャリアは珍しいと思うのですが、何がきっかけで小説家になろうと思われたのでしょうか。
漫画家になってから、少女マンガを三作くらい描いたんですけど、その後、しばらくは何の予定もなくて。イラストレーターなどの仕事で生計を立てていたんですが、“やっぱりストーリーのあるものが描きたい”と思い始めて。ちょうどその頃、大ファンだった作家・都筑道夫先生の「小説講座」があることを知り、通うことにしました。
ただ、あの頃は「小説家になりたい!」という気持ちより、都筑先生にお会いできるというミーハーな気持ちのほうが強かったですね。講座は月に二回で、自由に小説を書いて提出するというスタイルでした。長編でも短編でもよかったんですけど、私は短期間で添削してもらえる理由で短編ばかり書いてましたね。
――評価はいかがでしたか?
それがもうさっぱりで。作品を読んだ都筑先生は、いつも「う~ん」といって黙りこんでしまうんです。あまり酷評すると講座にこなくなってしまうからと、気を遣ってくださってたと思うんですけど(笑)。でも、私にとってはその「う~ん」の後の沈黙が何より怖かったですね。 結局、講座には丸八年通いましたが、後半はとくに“いつまでこの状態が続くんだろう?”と心配になったほどでした。
――それにめげなかったからこそ、いまの畠中さんがいらっしゃるんですね。
そうですね。先生に褒めていただいたら文学賞に応募しよう、と決めていましたので。そのために通い続けた気がします。漫画の仕事が忙しくて、行けないこともしばしばでしたが、あきらめずに通ってよかったなと思います。
――講座で学んだことのなかで、もっとも勉強になったことは何でしたか。
小説を書く姿勢です。都筑先生はとにかく自分に厳しい人で。一字一句にこだわって書くことの大切さや、編集者との付き合い方など、小説作法というよりも小説家としての在り方を学んだ気がします。また、文学賞の審査委員をやってらっしゃったので、応募する際の心構えや注意点などを教えていただけたのも、あとですごく役に立ちました。
初の長編「しゃばけ」の誕生
――江戸有数の廻船問屋「長崎屋」のひとり息子・一太郎と、家族同然の妖怪たちが事件を解決していく“大江戸推理帖”「しゃばけ」。初めて書いた長編、しかも初の応募にして、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞という快挙を成し遂げられたわけですが、もともと習作時代から歴史小説を書いてらっしゃったんでしょうか。
それがまったくなんです。「しゃばけ」を書くまで、一度も書いたことがなくて。
――それってすごいですね。かなりのチャレンジ!
最初は現代モノの長編を書こうと思っていたんです。テーマを探すため資料をいろいろ読んでいたら、その作業に疲れちゃって。ふと、登場人物がいっぱい出てくる「しゃばけ」の世界を思いついて。それが最初に執筆しようと思ったきっかけですね。 都筑先生は時代モノ、現代モノ、SFなどいろんなジャンルの小説を書いてらっしゃいましたから、自分も色々なものを書いてもいいんだと気楽に考えていたんです(笑)。
――実際に書いてみると、意外に大変……という感じだったんですか。
そうそう。いざ書き始めてみると、持っている資料では全然足りなくて、それを集めるところからスタートする感じでした。とりあえず、江戸の辞典とか、町人文化の本をいくつか買って必死で読んで。
――「小説講座」を卒業してもなお、勉強の日々だったんですね。
そうですね。もともと歴史は好きでしたから資料を読むこと自体は楽しかったんですが、小説を書くためとなると目線が変わってきますよね。たとえば、時代考証。いくつかの書籍を読み比べてみたときに書いてあることが違っていたり、具体的な年号が書かれてなかったり。“もうちょっと詳しく書いてくれていればいいのにな”と思うこともありました。まあ、それはこちらの勝手な都合なんですが(笑)。 また、寺や店、個人名など具体的な名詞を書くと、子孫の方がいらっしゃる場合もあるので気をつけなければいけないとか……。そういう点も書いて初めて知りました。江戸時代ってずいぶん昔のことだと思いがちですが、現在と地続きなんですよね。
――そうやって誕生した「しゃばけ」もいまでは、「ぬしさまへ」「ねこのばば」「おまけのこ」「うそうそ」「ちんぷんかん」と続編5作が登場。累計160万部を売り上げる一大人気シリーズですね。聞くところによると、一太郎だけでなく、妖怪ひとりひとりにコアなファンがいるとか。
最初は本になることすら想像していませんでしたから、私自身もビックリです。毎回、待っていてくださる読者がいてくれると思うと励みになりますね。ただ、マンネリにならないように新味のある話を書き続けるのはちょっぴり大変。シリーズものの定めですけど。
キュートな妖怪たちが大活躍
――畠中さんの最新刊「つくもがみ貸します」についてお聞きします。
こちらも江戸が舞台。古道具屋兼損料屋「出雲屋」の若き主人・清次と、店を切り盛りする姉のお紅が主人公ですね。損料屋とはちょっと聞きなれない商売ですが、どうしてこの職業を選ばれたのでしょうか。
損料屋は、いまでいうレンタル業。個人はもちろん、岡場所や店などに、布団からふんどしまで何でも貸し出す、江戸独特の商売です。損料屋の品物に付喪神(つくもがみ)が宿っていて、貸し出されていったらおもしろいだろうな……と思ったのが、そもそもの執筆のきっかけでした。
――歴史書などにもたびたび登場する、付喪神ですが、改めて辞書を引いてみると「長い年月を経て古くなった道具や品物に、魂や精霊などが宿るなどして妖怪化したものの総称」とあります。妖怪なんですね。
はい。今回、何が大変だったかというと、「しゃばけ」の世界観や、キャラクターとかぶらないように書き分けることでした。どちらも妖怪が出てくる話なので、似てしまってはいけないので。
――今回は、付喪神たちが貸し出されていった先々で、探偵的な役割を果たし、主人公とともにさまざまな事件を解決していく連作短編ですね。他所様の家のことを見聞きしてくる付喪神たちは、まるで「家政婦は見た!」の家政婦のようです。
そうですか(笑)。確かに彼らは好奇心旺盛なんですよね。暗い蔵のなかにいるより、外でのびのび自由にやれているほうが幸せ、という感じで。
――蝙蝠みたいに飛ぶアクティブな根付けの「野鉄」、品のいい煙管の「五位」、気位の高い掛け軸の「月夜見」など。付喪神たちが宿っている品物やネーミングも絶妙ですし、個性派揃いです。
品物に関しては、百年以上経ったあとも残る、凝った美しい形状のもの、という基準で選びました。名前は、描かれている絵や形にちなんでいます。ちなみに、キャラクターの性格は細々考えたといより、書いていくうちにそれぞれが自己主張してできた感じですね(笑)。
――作者として、お気に入りのキャラクターもいる?
う~ん、みんな同じように思い入れはありますが、「野鉄」は蝙蝠なので飛べますから、使いやすいキャラではありますね。
――そんな付喪神たちの持ち主が「出雲屋」の若主人である清次と、清次を支え、店を切り盛りするお紅です。実は姉弟のように育っただけで血のつながりがなく、惹かれあっているふたりですが、彼らのキャラクターはどのように設定されたのでしょうか。
付喪神を貸し出す店の主は、どんな人かな? というところから、入りました。お紅は年上のせいか、しっかり者。でも本当は甘えん坊のところもあって、そこがかわいいんです。清次はそのお紅よりしっかりしたくて、一所懸命なところがいじらしい。ふたりの関係性を組み立てながら、性格を決めていきました。
――具体的なモデルや、ビジュアルイメージみたいなものはあったのでしょうか。
たとえばお紅は、さっぱりとした性格が現れた顔、などという大体のイメージはありますが、具体的なものはありませんでした。清次は、江戸の男の人にしては、背が高い人、という具合に考えて書きました。
――思えば、清次はいま流行りの「年下くん」ですね! どうしてこういう設定に?
お互いの気持ちを素直に伝えられない原因のひとつとして、お紅のほうを年上にしました。江戸時代は、女性の結婚が早かったので、お紅の歳だともう嫁に行っていることが多かったんです。でも彼女には結婚できない理由があって……。
――その理由に深く関係するのが、香炉「蘇芳」の行方ですよね。なぜ、お紅がこの香炉を必死で探しているのか――。それが早く知りたくて、ページをめくる手がとまりませんでした。 話は変わりますが、「蘇芳」は色の名称なんですよね。こういう色合いが出てくるのも、時代モノならではだと思います。
香炉は物語を引っ張っていく大事なアイテムだったので、色見本を見ながら、思い浮かべたイメージと合う色を選びました。わりとこだわった部分ですね。
――その「蘇芳」の行方が明らかになるにつれ、お紅と清次の関係にも変化が訪れます。ちょっと三角関係の様相もあって。個人的には、清次が嫉妬している描写がかわいくて好きでした。
清次は大人になろうと必死なんです。彼はちゃんと成長できたのかな?(笑) 成長したらいいな、と母のように祈りながら書いたんですけど。
――主人公はもとより、畠中さんの描く人物はみんなイキイキとして魅力的です。しかも、性悪が出てこない気がします。この物語のなかでは、唯一、幽霊の出る物件を無垢な鶴屋に売りつけた、大久間屋くらいでしょうか。彼は過去にもヒドイことをいろいろやっているわけですが、どこか憎めない人物のような気がしてなりません。
そうですか? けっこうエグいことをやっているし、作者としては意図して憎めない人物として描いているわけではないんですが。ほんわかした登場人物の存在で、悪人度が薄まるのかもしれませんね。まあ確かに、 “悪魔”みたいな極悪人は書きにくいと思います。
――ほんわかした気分で本を閉じられる。その気持ちのよい読後感こそ、畠中さんの作品の醍醐味だと思います。そして、気になるのは続編の存在です。「しゃばけ」のようにシリーズ化を願う声も多いと思いますが、ご予定はあるのでしょうか。
いやー、どうでしょうねえ。実はまだ何も考えていないのが本音です。とりあえずは未定ということで(笑)。
時代にこだわらず書き続けたい
――今後、どんな作品を書いていきたいですか。やっぱり時代モノ?
とくにこだわらず、現代モノも書いていきたいですね。
――宮部みゆきさんをはじめ、両方書く方もたくさんいらっしゃいますもんね。また、何となく男性作家の領域というイメージがありましたが、近ごろはそれも払拭され、女性作家に勢いがあると思います。
そうですね。確かにジャンルの垣根は低くなっている気がします。まあ私の場合、圧倒的に時代モノのオファーが多いんですが。ただ、そのなかでも江戸時代だけでなく、いろいろな時代を描きたいなと思っています。
――具体的にいうと、いつの時代を描いてみたいですか。
今、連載している小説は明治の話です。この時代はとにかく激動の連続で、数年ごとに制度がバンバン変わるんですよ。資料を整理するのがひと苦労(笑)。 でもね、資料を読むと、興味深いことがいろいろ載っていて、読んでいて楽しいですね。たとえば巡査さんの仕事について。当時は伝染病の検査など、いまでいう衛生士の役割も担っていたんですって。古本屋さんで見つけた「警察百年」という非売品の本には、制服の変遷なども載っていました。これがまたおもしろくて。
――そういう資料からインスピレーションを受けて、物語ができつつあるのですね。
私の場合、ぼーっと考えている時間が長いので、なかなか。少し書いては“読み込みが足りない!”と資料に目を通したり、ネットサーフィンしちゃったり。たゆまず書ける作家さんが本当にうらやましい限りです。でも、これは生まれ持った気質なので(笑)、私なりのペースでこれからも書いていけたらと思います。
©インタビュー&構成/高倉優子 撮影/有高唯之