角川ビーンズ文庫24周年フェア 24hours of Sweet Lovers

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“24hours of Sweet Lovers”
【朝】【昼】【夜】それぞれの溺愛シーンを描いたショートストーリー、
ぜひお楽しみください。

溺愛の秘訣

二三夏一
「わたくし、負けませんので。」シリーズ

「最悪ですわね。あなたとの共同作業なんて」
 アンナマリア・フルラネットは低い声で言うと、正面に座っているロザリア・ロマーノを睨めつけた。
「そうだな。あなたの全ては否定しても、その一点のみは同意できるな」
 ロザリアは鋭く、まっすぐアンナマリアを見つめる。
 ロマーノ伯爵邸の裏手、バラ園の東に位置する東屋。白いクロスのかけられたテーブルをはさんで、二人は向かい合っていた。テーブルの上には、かぐわしい香りがたつティーポット、ふんだんな野菜とローストされた鴨肉をはさんだサンドイッチ、サラダ、ベーコンとマッシュルームのキッシュ等々、令嬢たちが堪能できるはずの昼食が並べられていた。バラの花も見頃で、赤やピンク、白や黄と、鮮やかに咲き誇っている。
 最高の昼食ともいえるこの場面で、登場人物の二人の雰囲気だけが決闘めいている。
「あのぉ、二人とも。間違ってもつかみ合いなんかしないでね」
 テーブルの傍らにちょんと座っていた、小さな蝙蝠羽が背中にある銀の猫――アンナマリアの使い魔、猫竜のガリレオが、引きつった笑顔で言う。魔獣の猫竜は、普通の猫とは違って表情豊かだ。
「しませんわ。そんなことをしたら、ロマーノ伯爵の顔に泥を塗ることになりますもの」
「同じく。フルラネット伯爵の面子を潰したくない」
 アンナマリアとロザリア、二人で昼食をとりなさいと命じたのは、互いの父伯爵たちだった。娘たちと真逆に、大層仲の良いおじさん二人は、娘たちが犬猿の仲と知っていながら時々こういったことを命じる。令嬢たちの関係を改善しようと試みてのことだろうが、たいがいは、世界が滅びたような顔をした二人が、黙々と食べ物を口に運ぶだけの地獄のような時間になる。
 そのため、伯爵たちは一計を案じたらしい。
 アンナマリアとロザリアの手元には、王都で爆発的な人気を博している、とある伯爵令嬢の自叙伝『アンジェラ・ベッローニの愛』という本が置かれている。
 両伯爵は自分たちの娘にこの本を渡し、申し渡したのだ。
 ――この自叙伝を記したアンジェラ・ベッローニのように、愛される女性になる秘訣とは何かを二人で考えろ。
 と。
 アンナマリアとロザリアに、共通の話題を提供し、会話を弾ませようという作戦だ。
 アンナマリアもそうだが、ロザリアも、互いに心から御免こうむりたいと思っているこの昼食会を断れないのは、アンナマリアにはロマーノ伯爵から、ロザリアにはフルラネット伯爵から、正式な招待状が送られるからだ。断れば伯爵の顔を潰すことになる。
 お互いの父伯爵のことは尊敬しているために、招待は断れない。
「さっさと結論を出して、料理を片付けて、お開きにいたしましょう。わたくしは午後から、魔法薬の実験をしたいので」
 頬杖をついたアンナマリアは、手元の本を苛々と指で叩く。
「わたしも午後からは騎士団の訓練だ。早々に終わりたいからな。まずわたしの意見を言わせてもらえれば、アンジェラは運が良かった。それだけだ」
「わたくしも似たものですわね。たまたま条件が整っていた。結論を出すとすれば、愛されるとは、確率論になります。確率をあげるためには、出会いの数を増やさなければね」
 これにロザリアは頷く。
「そうだな。外出と遠出の回数を……」
「ちょっと待った―――――っ! なんで愛される秘訣が、数打ちゃ当たるっ! てことになりかけてるんだい!?」
 叫んだのはガリレオで、ひらりとテーブルに飛び乗ると、銀の尻尾で二人を順繰りにビシッと指す。
「君たちは本の内容を、まったく読み取れていないよね!? アンジェラは偶然出会った公爵に愛された。だけど偶然出会った男性をひきつけ、虜にして、溺愛されたんだよ。出会いは運だけど、溺愛されたのは彼女だからなんだ! そこには彼女だからこその理由がある。伯爵様たちは、どうやったら彼女のように溺愛されるか考えろって言ってるんだよ」
 指摘され、アンナマリアは手元の本をペラペラめくる。
「溺愛とは……、むやみに可愛がることですわよね。確かに、むやみやたらと可愛がられていますわね、アンジェラ。出会った男性を、こういった心理状態にする秘訣ということなんですのね」
「そうだよ!」
「ああ、そうか」
 ロザリアも納得したらしく、手元の本を開く。二人はめいめい、自分の手元にある本を拾い読みしていたが――。
 ふいにロザリアがぱたりと本を閉じ、深く頷く。
「うん。わからない」
 ガリレオが、「へ?」と目をしばたたく。
「どうして、むやみに可愛がられているのか理由がわからない」
 アンナマリアも、ため息をつく。
「そうですわね。わたくしにも理解できませんわ。なんて難解な」
「君たちは読解力ってものが壊死してるの!? アンジェラの可愛らしさとか、けなげさとか、ひかえめなところとか。それでいて芯が通っていて、いざというときには一歩も引かない、その美徳の数々が君たちには読み取れない!? こういったアンジェラの美徳が、溺愛される秘訣なんじゃないかい!?」
 ガリレオはこの自叙伝に感銘を受け、なんとならばアンジェラにほんのり愛しさを感じたのだろう。彼なりに、溺愛の秘訣まで読み取れたらしい。
 しかし。
 溺愛される秘訣を考えるならば、答えが美徳というのでは――ぬるい。
「数々の美徳があれど、必ずしもむやみやたらと可愛がられるとは限りませんわよ? 頭におがくずが詰まっているみたいな男なら、数々の美徳を見せられても、その都度頭からすり抜けますし」
 アンナマリアの意見に、ロザリアも深く首肯した。
「そうだな。溺愛されるための確実な秘訣とは言えない」
「じゃあ、君たちはどうするっての!?」
 毛を逆立てるガリレオに、アンナマリアは微笑む。
「惚れ薬を使うに決まっていますわ。確実ですもの」
「悪魔か、君は!」
 ロザリアが眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、これはどうかな。ターゲットの男を一人残して人類を滅亡させて、二十年くらい男を孤独に追い込んでから、自分が唯一の人類として彼の前に姿を現せば、確実にむやみと可愛がってもらえるはず」
 ガリレオは、がくっと項垂れた。
「それは悪魔どころか大魔王の思考だよ、ロザリア」
 気力を根こそぎ奪われたように沈黙したガリレオをはさんで、アンナマリアとロザリアは睨み合う。
「あなたが悪魔的な秘訣を口にするからだ、アンナマリア」
「あら、悪魔よりも大魔王の方がよろしくないのではありません? ロザリア」
 むっとしたロザリアだが、しばし腕組みして考えを巡らせた後に、ぽつりと言う。
「そもそも愛に、秘訣なんてないんだろう」
 ガリレオは「えっ?」と顔をあげ、アンナマリアは首を傾げた。
「どういう意味ですの?」
「愛というのは、様々な偶然や巡り合わせで生まれるはずだ。こうすれば愛されるなんて言えるようなものでは、ないだろう。そんなに単純なものだったら、この世の人々がこれほど愛に悩まないはずだ」
 ふんとアンナマリアは鼻を鳴らし、腕組みした。
「恋もしたことない人が、知ったような口をききますのね」
「なんだと? あなたもご同様だろう」
「ええ、ご同様ですわ。だからあまり喜ばないでほしいのですけれど」
 顎をあげ、できるだけロザリアに侮られないように、横柄な態度で続ける。
「あなたの意見は、この件に限ってだけは――真実だと認めてさしあげます。秘訣を考えろと仰った方々が、浅はかですわね」
 すこし驚いたような顔をしたロザリアだったが、アンナマリアから視線をそらし、照れくさそうに咳払いした。アンナマリアも、ロザリアから視線をそらす。
 アンナマリアは、手元にある本を撫でる。
「お父様には、秘訣なんてございませんと報告しますわ。よろしいですわね、ロザリア」
「わたしも同様に報告する。さあ、この話は終わりだ。食べよう」
 二人はようやく料理に手を伸ばしたが、いつもと同様に会話はなく、沈黙の昼食会が始まった。
 食事の始まりとともにテーブルを降りたガリレオは、二人を見比べながら呟く。
「結局、君たちは溺愛なんかされないかもね。ただ溺愛じゃなくても、素っ気なくても、真実の愛は見つけられるかも」
 バラ園は静かで、穏やかだった。
 いつもの通りの沈黙の昼食会は、滞りなく終了した。
 そして両伯爵は、令嬢たちのすげない報告に肩を落とすのだった。


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