角川ビーンズ文庫24周年フェア 24hours of Sweet Lovers

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スペシャルショートストーリー公開中!

“24hours of Sweet Lovers”
【朝】【昼】【夜】それぞれの溺愛シーンを描いたショートストーリー、
ぜひお楽しみください。

秘密のデートはガーデンで

雪嶺さとり
「冷酷公爵様は魔法鑑定士にだけひたすら甘い」シリーズ

「自分から呼び出しておいて……もうっ」
 昼下がり、公爵邸のガーデンにて。
 何やら用があると迎えをしておきながら、呼び出した張本人はあずまのベンチでうたた寝をしていた。
 読書の途中で眠ってしまったのだろう。片手には読みかけの本が握られたままだ。
 わざわざ服装まで指定して、一体今度はどんな仕事なのだと文句でも言ってやろうという気だったのだが、すっかり勢いが削がれてしまった。
(このところ忙しかったみたいだし、疲れてるのかも)
 今日は天気も良く、穏やかな風が心地よい。お昼寝にはぴったりだ。
 すぅすぅと寝息を立てている姿に、少し幼い頃の面影を感じる。
 顔を覗き込んで、頬をつついてみる。いつもなら絶対にできないことだ。
「早く起きないと、いたずらしちゃいますよー……なんて、わっ!」
 突然手首を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
「――――どうぞ、お好きなように」
 目を覚ましたダリウスがこちらを見て笑っていた。
「お、起きてたんですか⁉」
 慌てて飛びのくが、心臓はばくばくと音を立てて暴れている。
「少し前からな。足音ですぐ分かったさ」
「それならそうと声をかけてください!」
「いやなに、お前が可愛いことをしてくれるものだからな」
 ダリウスは楽しそうに笑っている。
「それより、どうしてこの服なんです?」
 気を取り直して話を変える。
 今日のエリーゼは仕事用の衣装ではなく、軽やかなミントグリーンのドレスだ。薄手の生地は今の時期にぴったりで、ウエストのリボンと揃いの髪飾りが可愛らしい。
 ダリウスから贈られた、というよりこれを着て会いに来て欲しいと指定されたのだ。
「せっかくのデートなのに、いつも通りじゃつまらないだろ。やっぱりエリーゼに良く似合うな」
「デートって、やっぱりお仕事の仲介じゃなかったんですね」
「だったら今ここで鑑定士殿に依頼をしよう。鑑定士殿の時間を、どうか少しだけ俺にくれないだろうか」
「そんなの、依頼なんてしなくてもいいですよ。お隣、失礼しますね」
 最近のダリウスは領地の視察に宮廷での会議と、エリーゼの店に顔を出す暇もないぐらいだった。
 エリーゼもダリウスに会えなかった分、寂しかったのは事実だ。
 珍しく甘えてくる可愛い恋人の隣に腰掛け、彼が読んでいた本をちらりと覗く。
「……なっ⁉」
 見覚えのある挿絵と文章に、思わず声を上げてしまう。
「なぜ公爵様が恋愛小説を⁉」
 てっきり難しい戦術書でも読んでいるのかと思っていたものだから驚かされた。
「俺だって恋愛小説ぐらい読む。それに、エリーゼはこういうのが良かったんだろ?」
「はい?」
「読んでたじゃないか。ずいぶん熱心に何度も」
「どうしてそれを!」
『魔法使いの秘められた恋』――――依頼をきっかけに仲良くなった侯爵令嬢クリスティーナが教えてくれた小説だ。
 魔法使いの女性と貴族の青年の恋を描いた作品で、令嬢たちの間でも人気なんだとか。
『まるで鑑定士様とセラフェン公爵様のようですわ!』と、クリスティーナがキラキラ目を輝かせるものだから読んでみれば、これがまたなかなかに面白く、夢中になって読み続けていた。
「私、公爵様に話した覚えがないのですが」
「最後に店に行った時もその前も、ずっと読んでただろ。仕事熱心なエリーゼが、魔法書でもない本を持ち歩くなんて珍しいこともあるものだと気になったんだ」
「た、確かにそうでしたね……」
「何がそんなに面白いのかはよく分からんが、そんなに好きなら再現でもしようかと思ってな」
 突拍子もない言葉にエリーゼは首を傾げる。
「『お家デート』とやらを実践したい」
「はい⁉」
 ダリウスの顔に似合わない単語に思わず、エリーゼは吹き出しそうになってしまった。
 確かに小説では恋人の青年の邸宅でアフタヌーンティーを楽しみ、庭でゆっくりと時間を過ごすデートシーンがある。その場面をエリーゼとしたいということらしい。
「アフタヌーンティーなら私のお店でいつもやってるじゃないですか」
「俺の家の庭なら邪魔も入らないし、時間を気にする必要もない」
 ダリウスの指がそっとエリーゼの髪を撫でる。
「それに、恋人に対して、『公爵様』だなんてずいぶん冷たい呼び方をしてくれるな?」
「えっと、つい癖で……ごめんなさい」
 ようやく思いが通じあって名前で呼ぶようになっても、以前からの癖がなかなか治らないままだった。
「ダリウス、これで許してくれますか?」
 ちゅっ、と小さく音を立ててダリウスの頬にキスをする。
「元々怒ってなんかいなかったが、これはこれで悪くない」
 ぼそりとダリウスが呟く。
「聞こえてますからね!」
 自分からしておきながら、恥ずかしくなってふいっと視線を逸らす。
「せ、せっかくですしお庭を見せてもらってもいいですか?」
「好きなだけ見ればいいさ。将来的にはエリーゼの庭にもなることだし」
「気が早いですよ」
 結婚の約束はしたものの、お互い忙しく結婚式の準備だって時間もかかる。大切なことだからゆっくり着実に進めていきたい。それはエリーゼもダリウスも同じ考えだった。
 石畳の小道を二人でゆっくりと歩く。つるバラやジキタリスが鮮やかな花を咲かせ、花壇ではハーブ類が風に吹かれて並んでいる。
 様々な植物が植えられているが、やけにピンク色の花が多い理由は明白だった。
(今度、青色の花を育ててお店に飾ろうかな)
 それを見たダリウスがどんな反応をしてくれるか、想像してくすりと笑う。
 そうしていると、ふとある果物が目に入った。
「あれは……レモンですか? 珍しいですね」
 帝国式の伝統的な造りのガーデンではレモンの木はあまり植えられない。そもそも帝都の気候があまり適しておらず、南部のような比較的暖かいところで育てられることが多いはず。
「覚えてるか? 昔、シルヴァルドの知り合いの魔法使いが、品種改良したレモンをくれた事があっただろ?」
「懐かしいですね。寒い土地でも育てられるようにしたんですよね。あの時一緒に作ったレモンタルト、すごく美味しかったです」
 市場ではあまり見ない珍しい果物だと大喜びしたのをよく覚えている。
 師匠の真似をしようとそのまま食べて、あまりの酸っぱさに転げまわったことも。
「その時の種だ。最近ようやく実がなったんだ」
「えっ、育つのに何十年もかかるって話でしたよね。もしかしてあの時の鉢植えを?」
 ダリウスが頷く。一緒に種を植えたがなかなか育たず、ダリウスが持って行ってからはどうなっていたのか知らなかった。
「ちゃんと育ったんですね……! ダリウスがしっかりお世話してくれたおかげですね」
 東屋から移動し、近くで眺めてみる。日に当たった黄色い果実の表面は、きらきらと輝いているようだった。
「たとえ半世紀かかろうが、エリーゼの為ならいくらでも待つさ」
「ふふ、ありがとうございます」
 背後からダリウスにぎゅっと抱きしめられる。恋人同士に関係が変わった今、あの頃の思い出にこうして再会できた喜びを嚙みしめるようだった。
「たくさん歩きましたし、そろそろお茶にしましょうか」
 風が涼しかったはずなのに、今は頬が熱くて仕方がない。
「その前に――――」
 振り向けばダリウスの顔が近づいてきて、唇が重なった。
 暖かな木漏れ日の下、ダリウスの体温を感じながらゆっくりと目を閉じる。
 その後、ティータイムが遅くなったのは言うまでもない。


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