“24hours of Sweet Lovers”
【朝】【昼】【夜】それぞれの溺愛シーンを描いたショートストーリー、
ぜひお楽しみください。
いつもは宮廷魔術師の仕事で忙しいクインだが、休みの日になるとメラニーの魔術の指導にあたってくれる。メラニーが守護の魔法陣作りの事業を始めてからは、そちらの研究も一緒にやることが増えていた。
今日もまた、屋敷の工房で守護の魔法陣に使う魔法インクの試作を手伝ってもらっている。
「——一通り作ってみたが、こんなところか? なかなかいい出来だな」
最後に作った試作品のインクを瓶に詰め、クインが満足そうに頷く。
「たくさんできましたね」
机の上には色とりどりのインク瓶が並んでいる。
ここ数日、使う素材とその配分に頭を悩ませていたが、クインの的確なアドバイスのおかげで一気に仕上げることができた。メラニー一人だったら、この種類を作るのにもっと時間がかかっただろう。
(本当にクイン様は何でもできてしまうのね。魔物退治だけじゃなく、知識も豊富で調合の腕も一流だし、国一番の宮廷魔術師と言われるのも当然だわ)
そんなクインから直々に魔術を教わっている自分は本当に恵まれているとつくづく思う。しかしその分、弟子としてのプレッシャーはある。クインの愛弟子まなでしとして、もっと頑張らなくてはいけない。
「少し休憩を取ってから、これらのインクで魔法陣を描いて効果を確認していこうか」
クインの提案にメラニーは頷く。予定よりも順調に進んだおかげで、まだまだ日は高い位置にある。午後いっぱいを使って、実証実験ができるだろう。
「そうですね。では、先に調合道具を片付けてしまいますね」
「ああ。私は残った材料をまとめておこう」
「お願いします」
(えっと、こっちのインクを混ぜた道具は水魔法で……)
メラニーは水魔法を使い、汚れた調合道具を洗っていく。弟子入りした当初はこういった作業にももたもたとしていたメラニーだったが、今ではすっかり手慣れたものだ。これもクインが休みの度に指導してくれるおかげだ。
しかし、それはそれとしてメラニーには思うところがあった。
テーブルの上に散らかった素材を集めるクインを見つめ、メラニーは口を開く。
「……あの、クイン様」
「ん?」
「なんだかすみません。せっかくのお休みなのに、いつも手伝ってもらって……」
最近のクインはケビン王子の右腕として益々忙しい日々を送っている。そんな中、せっかくの休日を自分のために消費させてしまっているようで申し訳なく感じていた。
謝るメラニーに対し、クインは優しく微笑んで首を横に振った。
「これも仕事の一環だし、気にすることじゃない。それにどうせ休みと言っても自分の魔術の研究くらいしかやることがないからな。それだったら、君に一つでも何かを教えたい」
「クイン様……」
弟子としても大切に思われていることは嬉しいし、ありがたい。ありがたいのだが……。
(そうは言っても、私としては休みの日くらいのんびりしてほしいのだけど……。私の研究もお仕事の延長上だし、休んでいないのも同然なんじゃないかしら? クイン様にはもう少し魔術から離れた時間を過ごしてほしい……。でも、どうすれば……)
調合道具を洗いながら、メラニーは頭を悩ませる。
本人も言うように魔術の研究を趣味としているので、メラニーの指導以外の日も工房に籠っているし、たまに外に出かけても魔術関係の道具の買い出しばかりで、やっぱり魔術から離れることはない。
どうしたものかと顔を上げると、戸棚に素材を片付け終えたクインが本棚の前に立っていた。
「どうかされましたか?」
「いや、随分と本が増えたなと思ってな。……魔術書以外の本もあるようだが、これは?」
「それは先日、イーデン学者協会に行った時にラダールさんからお借りしたものですね。守護の魔法陣作りの参考になるかと思いまして」
「ああ、なるほど。どうりで歴史書が多いわけだな」
最近は古代魔術について調べ物をする機会が増えているのだが、古い文献を読む際、魔術関連の知識だけでなく当時の歴史や文化を理解しておくとスムーズに内容が理解できることに気づき、歴史学者のラダールから参考になりそうな書物を一通り借りていたのだ。
「……これは小説のようだが? こんなものまで借りたのか?」
クインが棚の中から一冊の本を手に取って、ペラペラとページを捲る。
「どれですか?」
片付けの手を止め、メラニーはクインの隣に移動する。
「これは歴代の舞台の演目をまとめた本ですね。舞台の演目は実際の人物を描いた作品が多いので、歴史の時代検証にも参考になるそうなんです。私も読んでみたのですが、結構面白いんですよ。ちょうど、このページにあるのは当時の有名な魔術師が活躍する冒険譚を描いた話ですね」
「ああ。この魔術師の名前は知っている。歴史書にも載っている魔術師だな」
「舞台なので当然脚色も加えられていますが、調べると実際に起こった話みたいで……」
話の途中でメラニーはふと思いつき、クインの顔を見つめた。
「ん?」
「あ、すみません……ちょっと想像してしまって」
「想像?」
「はい。——クイン様もいつか舞台の主人公になりそうだなと思って」
メラニーの言葉にクインは驚いた表情を見せた後、嫌そうに顔を顰めた。
「……私のことを話にしても何も面白くないだろう?」
「そうですか? 色々なところへ魔物退治に行かれて、たくさんの人を助けている国の英雄ではありませんか? 十分、物語の主人公になると思いますが……」
舞台の上で華やかな魔法を繰り出し、魔物を退治する場面が思い浮かんだ。きっと舞台映えするに違いない。
ウキウキと妄想するメラニーに対し、クインは面白くなさそうに本を閉じる。
「あれは仕事だ。それに私だけが魔物退治をしているわけじゃない。この本の魔術師のように凄い功績を残しているわけでもないし、一介の宮廷魔術師の生涯なんてそこまで大したことではないだろう?」
「そんなことないですよ! すでに国の英雄として名高いじゃないですか!」
意外と自己評価の低さを見せるクインに対し、メラニーは反論する。
「それにケビン様とも仲がいいですし、王子を支える臣下のお話なんてとても面白いと思いますよ!」
「ありきたりな話だ」
メラニーが力説すればするほど、クインの表情は渋いものになっていく。
「えっと……じゃあ、幼少期のお話はいかがですか? 神童と謳われた少年が王都の魔法学校に入学した後、最年少で宮廷魔術師となるなんて、それだけで物語じゃないですか? ああでも、個人的には宮廷魔術師の師団長として活躍する話が見たいかも……」
メラニーがどんどん妄想を膨らませていると、眉間に皺を寄せたクインが口を挟んだ。
「——何か大事な存在を忘れていないか?」
「え? 大事な存在?」
ポカンとしていると、クインが不機嫌そうに見つめてくる。その視線を受け、少し遅れてからメラニーは理解する。
「……え? わ、私ですか?」
「ああ。こういった舞台には恋物語がつきものだろう?」
メラニーの頬にクインの手が触れる。
「そして相手は君以外にいない」
「そ、それは……」
「ある日、恩師に会いに魔法学校を訪ねた宮廷魔術師の男が廊下で一人の少女にぶつかり、運命の出会いを果たすんだ」
まるであの日を再現するように、クインは頬に触れる手とは別の手でメラニーの腰を抱き、体を引き寄せた。
クインの端整な顔がグッと近づき、紫色の瞳に魅入られる。
「彼女の魔術の才能を見出した主人公は、自分の弟子として引き取り、紆余曲折の末に二人は恋に落ち、結ばれる」
そう言って、クインはメラニーの唇に軽くキスを落とす。
「舞台としても盛り上がりそうだ」
「クイン様……揶揄わないでください」
顔を真っ赤にしたメラニーが抗議すると、クインは笑った。先ほどの意趣返しだろうか。実に楽しそうだ。
「クイン様と違って、私なんて舞台映えしませんよ」
それに自分たちの恋模様が舞台になるなんて、想像しただけで気恥ずかしい。
しかし、クインは真顔で言い返す。
「そんなことはない。少女が才能を開花させ、魔物に苦しむ国を救う魔術を次々と発明していく話はそれこそ面白い話じゃないか。……いや、むしろ私より君を主人公にした方がいいんじゃないか?」
「え?」
「君の素晴らしさを世に広めるためにも舞台にするのは悪くない」
「そんなことありません!」
「いっそのこと、私が脚本を書こうか?」
「クイン様! この話はもう終わりにしましょう!」
むず痒くなって慌てて話を打ち切ると、クインは「冗談だ」と言って、メラニーを抱きしめる。
「それにしても君は舞台に詳しいようだな」
「詳しいってほどではないですけど……小説などを読むのも好きなので、母や妹と一緒に時々見に行っていました」
「……」
「クイン様?」
急にクインが黙り込んだので、どうしたのだろうと顔を上げる。
するとクインはメラニーを見つめ、口を開いた。
「では、次の休みにでも一緒に行くか?」
「え?」
思いがけないデートの誘いにメラニーは驚く。
「よろしいのですか? あまり興味がないのなら無理に……」
とても嬉しい誘いだが、自分の趣味にクインを付き合わせるのはさすがに申し訳ない。
戸惑っていると、クインがメラニーの頬に口づけをして囁くように言った。
「舞台には興味ないが、君の楽しんでいる顔が見たい」
「……」
顔を赤くするメラニーの反応を見て、クインはくすりと笑う。
「次の休みが楽しみだ」
歯の浮くような台詞をさらりと言ってのけるクインはまるで舞台役者そのものだ。
(やっぱり私よりもクイン様の方がずっと主人公に相応しいわ)
ドキドキする胸を押さえ、メラニーはそう考えるのだった。