角川ビーンズ文庫24周年フェア 24hours of Sweet Lovers

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スペシャルショートストーリー公開中!

“24hours of Sweet Lovers”
【朝】【昼】【夜】それぞれの溺愛シーンを描いたショートストーリー、
ぜひお楽しみください。

とろけるような、魔法で降らせる雪の時間。

卯崎瑛珠
「見た目幼女な悪役令嬢は、氷の皇太子(時々可愛い)の腕の中。」シリーズ

 ――それはユリアーナが東都へ出発する、数日前の出来事だった。
 突き抜けるような青空の下、バルリング帝国にある皇城の、広い芝生の敷かれた庭では、明るい日の光を反射して、舞い散る雪がキラキラ輝いている。噴水の手前には大きな雪だるまが二体立っていて、胴体に刺された枝がバンザイのポーズをしているようだ。
 季節は、初夏。
 季節外れどころか、ありえない光景だが――四歳の幼女がぴょんぴょん飛び跳ね、喜んでいた。
 プラチナブロンドの髪の毛に、目はアメジストのような紫色で輝く笑顔の幼女は、舌ったらずの口調で興奮している。
「ハルさま! わたくし、ゆきあそび、はじめてです!」
 ハルと呼ばれたのは、氷の皇太子と名高いバルリング帝国皇太子、フォルクハルト・バルリングだ。
「喜んでくれるのは嬉しいが、風邪を引かないように、気をつけてくれ」
 フォルクハルトは苦言を呈しながらも、再び氷魔法を使い、庭に雪を降らせる――。

 氷の皇太子という通り名の由来は、フォルクハルトの怜悧冷徹な性格に、シルバーブロンドでアクアマリンのような水色の瞳という見た目、おまけに氷魔法使いだからである。
 そんなフォルクハルトの婚約者としてシュヴラン王国からやってきたのが、ユリアーナ・ロジエ公爵令嬢だ。
 シュヴラン王国には、四歳の王女がいる。西隣のバルリング帝国は、その幼い王女と氷の皇太子との、婚約を求めていた。
 ところがシュヴラン国王は幼い王女を嫁がせることに難色を示す。そこで白羽の矢が立ったのが、ユリアーナだ。元々は十八歳であるものの、時の魔女の魔法で肉体年齢だけ四歳にされ、身代わりとなって帝国にやってきた。
 元々、異世界転移者である専属侍従のエンゾから、自身がゲームの悪役令嬢であることを聞いていたユリアーナは、シュヴラン王国では厭われる立場なのを自覚していた。この機会に自身の『悪役』になってしまう運命を変えてやろう、と思っている。
 そのエンゾも、
「ワイの推しキャラは、ワイがこの手で守るんや!」
 と豊富なゲームの知識だけでなく、時の魔女の弟子として修行を積んでいた。この世界では希少な魔法使いであり、剣の腕も立つ。
 ユリアーナが何度も命を脅かされるような危険に遭いながらも、なんとか無事だったのは、エンゾの功績である。
 そうして帝国へやってきたユリアーナが、婚約者のフリをして出会った帝国の皇太子は、頭脳明晰という前評判通り「四歳ではないな?」とすぐに素性を見破った。
 今度こそ命を失う覚悟をしたユリアーナだったが、フォルクハルトはなぜか「そのまま王女のフリをして欲しい」と依頼。『帝国皇太子の婚約者、お披露目夜会』を催すことになった。場所は、帝都から東へ約十日の距離にある、国境の町・東都だ。
 ――出発を十日後に控え、フォルクハルトは執務に忙殺される毎日を送っている。
 ユリアーナはそれを邪魔しないよう配慮しつつ、皇太子執務室の続き部屋である書斎で、毎日本を読んでいた。図書室並みの蔵書数で、興味のある題材のものも多く、いくら読んでも読み足りない。婚約者であるから、毎日部屋に通っていてもおかしくないのをいいことに、ひたすら読み漁っていた。中でも魔法書は、難しい理論で記されているものの、文字を眺めているだけで楽しい。
 今日もユリアーナは、朝から遠慮なく書斎を訪れると、いつものようにカウチソファの上で読書をしている。
「また魔法書を読んでいるのか」
 冷たい声にハッとなって、ユリアーナは本から顔を上げ声の主に応えた。
「ええ……ハルさまのこおりが、どうやってできるのか。きになって」
「俺の氷? なら文字で見るよりも、実際に魔法を見た方が早いだろう」
「それはそうかもしれませんが。おいそがしいのでは?」
 驚くユリアーナの視界の片隅で、フォルクハルトの侍従であるミヘルが、やれやれのポーズをしている。
「構わん。ここでは支障があるな……庭へ出よう」
 フォルクハルトはツカツカと近寄り、ユリアーナに両手を差し出す。
「はい」
 ユリアーナは、素直に両手を上げた。するとあっという間に持ち上げられ、フォルクハルトの腕の中に収まる。
 スタスタと歩き出すフォルクハルトの横顔を見上げ、ユリアーナは眉尻を下げた。
(すっかり抱っこ移動が、当たり前になってしまったわ)
 中身は十八歳の、成人済のレディであるから、気恥ずかしさは抜けない。
 見た目は四歳なので、すれ違うメイドも従者たちも微笑ましそうな表情なのが、居た堪れない。
「ん? どうした」
「いえ、その」
「言っておくが、迷惑などではないぞ。朝からくだらない報告ばかりで気が滅入っていたところだ。ちょうどいい気分転換になる」
 フォルクハルトが断言してくれるのが、ありがたい。
 それでもユリアーナの遠慮の気持ちは、完全には消えない。
 自分は単なる身代わりで偽物王女でしかない。それなのに堂々と婚約者として、お披露目夜会に出なければならない。
 いくら『悪役令嬢』とはいえ、憂鬱でしかないのだ。
「基本の魔法書は読み終えたか?」
 皇太子執務室は皇城の二階にあり、階段を降りると中庭へ出られる。ガゼボのある離宮の中庭とは違い、計算し尽くされた豪華な花壇が並ぶ噴水型庭園で、石畳の上を歩き季節の花々を楽しむうちに、中央に建てられた大きな噴水広場に辿り着く構造になっている。
「だいたいは、ですが」
「ふむ。まあ読んだところで、ではないか? 空中のエレメントと書かれていても、分かりづらいだろう」
「はい。しょうじきにもうしあげると……わからなかったです」
 この世界の魔法は、空中に漂う自然の素と自分の体に流れる魔力を合わせて放つもの、らしい。
 空中に漂う、と言われても目の前には何も見えない。感じられるのは、せいぜい風ぐらいだろう。
 呆れられてしまうだろうか、と不安になったユリアーナに、フォルクハルトは意外にも優しく諭した。
「頭ではなく、感覚だからな。教えるのも難しい」
「そうなのですね」
「ああ。だから偶然とはいえ、魔法を出現させたリアはすごいのだぞ」
 すごい、と言われても実感がないのは、魔法ができたのはたった一度だけだからだ。
 フォルクハルトは噴水広場に着くと、ゆっくりとユリアーナを地面へ下ろした。それから、黙って背後に従っていたエンゾへ声をかける。
「良い機会だ。そばで見てみるがいい……エンゾ。不測の事態が起こらんとも限らん。リアを守れ。良いな」
「は」
 エンゾは、深々と侍従の礼を執った。
 平民のエンゾは、直接皇太子と話せるような身分ではないが、フォルクハルトはユリアーナの専属侍従として尊重してくれている。ユリアーナにとって、嬉しいことだった。
「ありがたくぞんじます、ハルさま」
「いや。……あの噴水を凍らせてみよう」
 目の前には、白い石造りの大きな噴水がある。円状の土台の中央に、受け皿が三つある柱が立っていて、柱の先端部分から溢れる水が皿に溜まると、一回り大きい下の皿へ溢れていく。二段目、三段目と流れ落ちる水はやがて土台の中に溜まり、溢れることなく柱の中へと循環している。
 フォルクハルトが柱に手の平を向けると、先端から溢れていた水がみるみる凍って動きを止めた。自然、下へ流れるように循環していた噴水全体も、止まる。
「ふわ〜、しゅごいです!」
 ユリアーナがキラキラと目を輝かせると、フォルクハルトはふっと口角を上げた。
「水のエレメントは、ああして目に見えるものを扱うことを意識すれば、身につきやすい。リアもやってみるがいい」
(簡単に言いますけどね!)
 ユリアーナも真似をして、手の平を噴水に向けてみるが、何も起こらない。
「……こおり、つくってみたかったです」
 落ち込むユリアーナに、フォルクハルトは淡々と問いかけた。
「なぜ、氷にこだわる?」
「シュヴランは、あまりさむくならないのです。だからこんなふうにこおるのを、みるきかいもなくて」
「ほう。良いことを聞いた」
「え?」
 キョトンと見上げると、フォルクハルトの口角が緩やかに上がっている。
 凍って止まっていた噴水が再び動き始め、豊かな水量を下へ下へ流していくのを見ていると――突然真っ白になって、空中に舞い上がり始めた。
「え! これって!」
「ウヒョー。さすが殿下や。雪まで降らしてまうとは」
 エンゾも黙っていられなくなったようで、空を見上げて笑った。
「今、夏になろうとしてんねんで! えげつなっ」
「ふ。エンゾが驚くとは、僥倖だ」
「ぐええ。生僥倖いただいてもた……」
 苦笑するエンゾをよそに、ユリアーナは我を忘れてワクワクしていた。
「ねえエンゾ。もしかして、ゆきだるま、というのも、つくれるかしら⁉︎」
 以前エンゾが言っていた、丸く整形した雪の塊を重ねて作る人形のようなもの。口で説明されてもさっぱり分からず、すっかり忘れていたが、雪を見て思い出した。
「おお、覚えてましたん! ほんでもこんな雪の量じゃ、無理やなあ。せめて膝ぐらいまで積もらにゃ……」
 エンゾの言葉は、フォルクハルトに火をつけたようだ。
「膝ぐらい、でいいのか?」
「げ!」
 どんどん降り続ける雪に、騎士たちが慌てて走ってきてしまった。
「ウヒー! ま、ちょうどえっか。騎士の皆さーん! 雪だるま作るの、手伝うてー!」
 エンゾの指示により、大きな雪だるまが二つ、作られた。庭師に頼んで、不要な木の枝を四本もらってきたエンゾは、
「これが手やねん」
 と雪だるまの肩に刺していく。
 丸い目と口は、花壇の土で描いた。
「まあ。これが、ゆきだるま」
「せやで! ワイの言った通りやろ?」
「ふふ、そうね。雪のお人形なのね」
「なるほど、丸だけで人型を表現するとはな」
 だが、ユリアーナの表情はどんどん曇っていく。
「どうした、リア」
「ハルさま……わざわざ、ありがとうございました……」
「それはいいが。なぜそのような悲しそうな顔をしているのだ」
「だって……せっかくつくったのに、すぐにとけてしまうんだなっておもって」
 儚い存在感が、まるで自分のようで。
 人の形をしているからこそ、溶けてなくなってしまうことが、悲しくなってしまった。
 フォルクハルトは、ユリアーナの小さな体の脇を持つようにして、ヒョイっと抱き上げる。
「リア。悲しむ必要はない。雪は溶けるものだ。だろう? それに作りたくなったら、また作ればいい」
「また、つくる……」
「ああ、何度でも。俺が雪を降らせる」
 ユリアーナのちょっとした悲しみも、フォルクハルトは大真面目に慰めてくれる。そのことが、何よりも嬉しい。
「ハルさま。ありがとうぞんじます」
「うむ。昼になったら、食事にしよう。それまで、もっと楽しめばいい」
「はい!」
 フォルクハルトがユリアーナを抱き上げたまま、雪を降らせると――雪だるまが、笑った気がした。


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