“24hours of Sweet Lovers”
【朝】【昼】【夜】それぞれの溺愛シーンを描いたショートストーリー、
ぜひお楽しみください。
「クリスティーヌ、ではシャツを」
「は、はいっ」
朝の陽光が薄いカーテン越しに差し込む。
ハリのある、白く大きなシャツを手に持った私は、手首に包帯が巻かれたレオン様の左腕から順にゆっくりと袖をくぐらせていく。
「痛くはございませんか?」
「ん、大丈夫だ」
最後は正面に回り、レオン様のシャツのボタンを一つずつ留めていく。
レオン様に服を着せるだなんて、いまだかつてしたことがない。
でも私の責任だから……!
「クラバットはこれにする」
レオン様がたくさん並んだクラバットタイの中から一つを指さし、腰をかがめた。私が彼の首に巻きやすいように、という配慮なのだろうけど。
……顔が近い!
クラバットを首に回しながらも、レオン様にやたらと見られている気がして、緊張から顔は赤くなっているような気がする。汗もかいてきた。
なぜこんなことに──というのは、昨夜にさかのぼる。
昨夜、階段から足を踏み外した私を支えたレオン様が左手首をひねったのだ。
今朝になっても動かすと痛いらしい。
『私がしくじったばっかりに……本当に申し訳ございません! 私にできることならなんでもしますので、なんなりとお申し付けください』
原因である私が罪滅ぼしのため、半泣きで言った言葉。
『……そうか。ではクリスティーヌには治るまで、私の左手になってもらうとしよう』
とってもいい笑顔でレオン様が楽しそうに告げた。
というわけで、レオン様の左手になった私は、いま朝の着替えを手伝っているところ。
ようやく着替えを終えると、彼は「では朝食にしようか」と機嫌良さそうに言った。
食堂に行き、レオン様と対面になるいつもの席に向かおうとする私を、彼は制止した。
そして「きみはここだろ?」とレオン様の左隣の席を指さした。
どういうことだろうと首をかしげると……。
「今日は私の左手の代わりになってくれるのではなかったのか?」
レオン様がにやりと笑った。
「……っ!」
レオン様は左利き。どうやら、利き手が使えないのだから食事の世話もするように、ということのようだ。
おずおずと隣の席に座ると、レオン様は満足そうに微笑み、用意されていた紅茶を右手に持ち、ひと口飲んだ。
「では最初にソーセージでもいただこうか」
レオン様がこれ見よがしに、包帯が巻かれた左手をテーブルに置いた。
私はソーセージを切り分け、「ど、どうぞ」とレオン様の口の前に差し出す。
つまり……世に言う「あーん」である。
ゆっくりとソーセージを口に入れたレオン様が……なぜか酷く艶めかしい!
スプーンに乗せたベイクドビーンズ、トロトロのスクランブルエッグを次々に口に入れていく。
「パンは一口サイズで頼む」
「は、はい」
ちぎったパンをレオン様の口の前に持って行くと、レオン様がぱくりと口を寄せた。
唇が私の指に触れる。
「ごめんなさいっ」
触れたことを慌てて詫びると、
「……こっちも食べてしまおうか?」
私の手を掴み、その指に目を伏せながら口づけをした。
「ゆ、指は食べ物じゃありませんよ!」
慌てて手を引っ込めたものの、レオン様はくすくすと笑ったままで楽しそう。
……よく考えたら、元々パンを一口サイズにちぎったり、料理も一口で食べられるようなものをシェフに用意してもらっておけばよかったのでは? と気付いたのは食事が終わってからだったのだけど。
きっと右手を使うのが得意じゃないのだろう……。
今日が二人とも休みの日だったのは幸いだった。
利き手が使えなかったら文字も書けないし、書類をめくるのも逆になり一苦労のはず。
「ん、次」
ペラリ。
私の背後から顔を出すレオン様の指示で、本のページをめくる。
カウチソファを背にしたレオン様の脚の間に私が座り、彼の手は私のお腹の前で組まれている。私の頭に顔を寄せながら、レオン様は私が持つ本を読む。
「この体勢、読みにくくないですか?」
「いや、なかなか快適だ」
満足げなレオン様の声。
──そうなのだろうか。
明らかに本までの距離が遠くて読みにくいと思うのだけど。私は私でレオン様の息が首筋にかかり、くすぐったいし。
「普通に執務机で読んだ方が本も置けるし、読みやすいのでは?」
チラリと振り向きながら首をかしげると、レオン様が呆れたようなため息をついた。
「きみは今日私の左手になると言っただろ?」
……いえ、別に私から左手になると言ったわけでは──。
「左手なら私のすぐそばにいないとダメだろ?」
……まぁそうですか……ね?
「だろ?」
「……は、い」
「なんだ、不満なのか?」
「いえっ! そんなことは決して!」
「では次は──膝枕でもしてもらおうかな」
「はいっ! …………え?」
レオン様は体勢を変え、コテンと私の膝に頭を乗せた。
──あれ?
膝枕って、左手首が痛いのと関係あるんだっけ?
あ、痛いから癒されたいとか……?
レオン様は私の腰に手を回し、がっつりとホールドしてくる。
この体勢……私のお腹にレオン様の顔が接触していて、かなり恥ずかしい。
今日はコルセットしてないし、私のお腹、プニプニしてるんじゃないだろうか。
「あ、あの、レオン様……少し離れていただいてもよろしいでしょうか」
「ムリだな」
あ、ムリなんだ……。そうなんだ。
ならば! と、お腹を引っ込めつつ力を入れていると、眉間にしわを寄せて見上げてきたレオン様が──わき腹をツン、と突っついてきた!
「ひゃあっ!? な、なにしてるんですかっ!」
すっごくくすぐったくて、笑いながらの抗議となる。
「きみが力を抜かないとこっちもリラックスできないだろ」
「それは申し訳ございません?」
なにやらお腹に力を入れたのはご不満らしい。
仕方がないから、羞恥を耐えつつ──レオン様のきれいな銀色の髪を撫でることに専念していたら、レオン様はまどろみ始めた。
何もせず朝からこんな風にゆっくりする機会などなかなかないから、こういう日もいいかもしれない。
──三十分ほどしたらレオン様が起き上がった。
「……少しは眠れました?」
「ああ、ありがとう。少しだけしてもらうつもりだったのだが──途中から一気に眠気が襲ってきてしまった。足は痛くないか?」
「ふふっ! 大丈夫ですよ」
そうか。寝るつもりがなかったのに、膝枕してるうちに眠たくなっちゃったのか。
レオン様の新しい面を見るたびに、かわいくて愛しくて嬉しいという気持ちがふつふつと湧いてくる。
目を細めていると私の気持ちを察してしまったのか……レオン様がジトッとした目でこちらを見てきた。
「随分と余裕だな。では次は──ここに口付けを」
「……へ?」
レオン様が自身の頬をツンツンと突っつく。
私からキスをしろ、ということか!?
「そっ、それは左手全然関係ないのでは!?」
「残念ながら関係ある。左手負傷中のため、きみを抱きしめにくい。ゆえに身体が固定できない。つまり、キスがしにくい。となれば、左手の役割を担っているきみの役目──だろ?」
……今、なんて?
私がポカンとした間の抜けた顔をしている間に、レオン様は膝をポンポンと叩き、ここに座れと促してくる。
ボフッと一気に顔が熱くなった。
「な、なななぜそこに座るのですか」
「近い方がいいだろ? ほら、早く。責任を取ってくれると言ったじゃないか」
はっきりと責任を取ると言ったわけではないけれど、そんなニュアンスを言った……ような気もする。
何度もためらってようやく決心し、ゆっくりと移動し、そっと彼の膝に腰かけた。
……キスなんて今さらだし。
何度もしてるし。
レオン様の方に手を置き、その頬にチュッ、とキスをした。
ふふん! この程度で動じる私はもう卒業したのですよ!
「では次は……ここに」
唇を指さしたレオン様に、私はまたしてもチュッと軽い口づけをした。
やりきったことに満足し、フフンッといつもより強気で笑みを浮かべていたら。
「じゃあ次はもっと長く」
「……へ?」
「出来ないのか? 結婚してもうこんなに経つというのに?」
信じられないとでも言うように、わざとらしく目を見開いたレオン様。
そんなこと言ったって、そのうちの三年は夫婦としての交流が一切なかったのですけどね!?
羞恥心から小刻みに身体が震える。
グッと唇を噛みしめ、『私だってそれくらいできるんだから!』と、レオン様の首にゆっくりと腕を回し──唇を重ねた。長めに。
角度を変えて、もう一度。
「……次は舌、からめて」
「──…………っ!」
「早く。クリスティーヌ」
レオン様の右腕が、私の腰をグイッと引き寄せる。
どこを見たら良いのか分からず、視線がさまよう。顔が火照ってきた。
それでも、ジッと私から目を逸らさないでいてくれるレオン様に、ごくりと喉を鳴らした。
……よしっ! と意を決して、私はレオン様にもう一度唇を重ね──ちろりと舌を挿入した。
いつもならレオン様がリードしてくれるし、基本的に私は受け身だ。
でも今日は──レオン様からは動いてくれない。
唇を重ね、舌を絡める。
ぎこちないのが自分で分かるから、恥ずかしさが半端ないし、懸命にやればやるほど、から回っている気がしてならない。
それでも段々と変な気持ちになってくる。朝だというのに。
「……っ、ん、……ぁ」
吐息が漏れてきて、ようやく唇を放した時には──。
「ん。──合格」
にやりと笑ったレオン様から、今度は濃厚なキスのお返しをされた。
息も絶え絶えになったのは言うまでもない。
──十時半。
太陽が高く登り始めたころ。
執事が銀のトレイに一通の書類とペンをレオン様に持って来た。
「ああ、これはそのまま許可で問題ない」
執事がテーブルの上に書類とペンを置いた。
「では署名のみお願いいたします」
「分かった」
レオン様は右手にペンを持ち、さらさらと流ちょうにサインをした。
いつものサインと、まったく違いが見当たらない──右手でのサイン。
「……え?」
レオン様が私を見て、微かに口角をあげた。
執事が書類を持って退室していく。
「え? あれ? 右手……使うの苦手なのでは?」
「そんなこと一言も言ってないが? きみを左手の代わりにするのと、右手を使わないというのは全然別問題だ」
「も、もももしかして、左も右も同じように使えるのですか?」
「当然だ」
頷きながら堂々と言い放ったレオン様。
ということは、だ。
食事は右手で自分で食べることができたし、私が「あーん」をしなきゃいけない理由なんてなかったということだ!
使用人もいる前であんなに頑張ったというのにっ!
「も、もう、レオン様なんて……知りませんっ!」
怒ってプイッと顔をそむけた私に──今度はレオン様が私の機嫌を取るべく、甘やかすターンが始まった。
「クリスティーヌ、ちょっとからかいすぎた。ごめん。ほら、機嫌直して」
「知りませんったら知りませんっ!」
使用人たちが目を細めながら、新しいお茶の準備をしていた。
そんな休日の朝だった──。