角川ビーンズ文庫24周年フェア 24hours of Sweet Lovers

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“24hours of Sweet Lovers”
【朝】【昼】【夜】それぞれの溺愛シーンを描いたショートストーリー、
ぜひお楽しみください。

そこに君がいるなら

蓮水 涼
「異世界から聖女が来るようなので、邪魔者は消えようと思います」シリーズ

 何度同じ〝朝〟と呼ばれる時が来ても、本当に同じ朝は一度もない。
 初めて二人で眠ったあとの朝は、フェリシアが恥ずかしがってなかなか掛け布団から出てこなかった。
 喧嘩した――というよりウィリアムが怒らせた――あとの朝は、フェリシアの機嫌を伺うウィリアムに彼女が仕方なさそうに眉尻を垂らして笑っていた。
 特に何も起きなかった翌朝だって、彼女の寝顔を見るたびに愛しさが募る。
 当たり前のようでいて当たり前ではない今日を、またフェリシアと迎えられる幸せを、ウィリアムはいつも目を覚ました瞬間から噛みしめている。
(今日は久々のデートだけど……もう少し、このままでいようかな)
 王都の外れにある湖の綺麗な山でピクニックをしようと提案したのは、ウィリアムだ。そこにはこの時期、野生のすずらんが咲くことを事前に調査済みだった。
 けれどフェリシアにはそこまで話していないのでサプライズになる。
 他にも種類豊富な植物が植わっているそうなので、彼女はきっと喜ぶだろう。
 その顔を想像して、すやすやと寝息を立てている彼女にもう一度意識を戻す。
 彼女の寝顔は幼く見えるときもあれば、女神のように不可侵の美しさを漂わせるときもある。
 もちろんフェリシア自身は特に意図して変えているわけではなく、その違いはいろんな意味で夫であるウィリアムにしかわかりえないものだ。
 今日は幼く見えるせいか、無性に悪戯したくなる。
 そっと身体を起こしたウィリアムは、フェリシアの頬に軽い口づけを落とした。まったく気づく様子のないフェリシアを確認して、もう一度キスを贈る。
 数回繰り返しても起きないフェリシアに、だんだん楽しくなってきてしまう。
(さて、何をしたら起きるかな)
 ピクニックは午後に行く予定なので、別に早起きをする必要はない。
 ただ何をしても起きないフェリシアに、一種の寂しさが募ったのは確かだ。だからそろそろ起きて構ってくれないかなと、彼女の鼻先をかぷりと食む。それでも起きない。
(昨日そんなに夜更かしはしなかったはずだけど、まあ、起きないフェリシアが悪いってことで)
 瞼、こめかみ、額と、フェリシアを愛でるように唇で触れていく。こんなに好き勝手にキスできる機会はあまりない。なぜならフェリシアが起きているときにすると、恥ずかしがった彼女に早々に止められてしまうことが多いからだ。
(本当に起きないな)
 耳をかぷっと噛んだ。そこでようやくフェリシアがわずかに身じろぎして、寝返りを打つ。
 起きるかと思ったが、また規則正しい寝息が聞こえてくる。
 意地になってきたウィリアムは、今度は軽めではなく、フェリシアの頬に吸いついてみた。ここまでされて起きないフェリシアは初めてだ。また新しい彼女を知る。
(私ばかり夢中になっているみたいで、ちょっと面白くないな)
 ついに起き上がり、寝ているフェリシアを自分の身体で囲うように覆い被さったウィリアムは、意図的に避けていた彼女の唇を奪う。
 そのまま少しだけ開いていた彼女の口を舌でこじ開けようとしたとき、フェリシアの目が勢いよく開いた。
「うぃふ!?」
 おそらく「ウィル」と呼んだのだろう。けれどウィリアムが塞いでいるせいで空気が抜けたような声になっている。
「んっ、ん~~っ!」
 怒りの平手が腕に叩きつけられて、思わず唇を離して笑ってしまう。
「やっと起きたね」
 意識して爽やかに笑いかけてみたら、顔を真っ赤にした彼女がそれを隠すように勢いよく掛け布団を被ってしまった。
 端をぺらりとめくって呼びかける。
「おはよう、フェリシア。照れてないで出ておいで」
「おはようございます! これは照れてるんじゃなくて怒ってるんです! 寝てるときにキスは禁止って言ったじゃないですか!」
 彼女の愛おしいところは、そうやって怒っているのにちゃんと挨拶を返してくれるところだ。
 掛け布団の中で丸まってしまった彼女を、それごと抱きしめる。
「確かに言われたけど、まだ理由を聞いていないなと思って」
「……理由?」
「納得できないことに頷きたくはないからね。交渉の場でもそうでしょう?」
 もっともらしく言い訳をすると、掛け布団の中から「確かに……?」と騙されかけている声が聞こえてきて、さらに強く彼女を抱きしめる。
 フェリシアのこういう素直なところも本当に愛おしい。かわいすぎる。
(でも心配だな。私以外の人間に騙されるのは困るんだけれどね)
 だからこそ、自分が守らなければと常に思うのだ。この純真さを守るためならどんなに手を汚してもいいと思えるほど、フェリシアの素直さを尊いと感じている。
 けれど彼女に敵わないところは、そうして堕ちていきそうになるウィリアムを、いつも堕ちる前にすくい上げてくれるところだ。
 大人しく守られてほしいのに、大人しく守られてくれない彼女だからこそ、こんなにもウィリアムの心を掴んで離さない。
 時にはこの矛盾に苦しめられるけれど、それで簡単に手放せる存在でもない。
「…………から、です」
「うん? なんて?」
 もう一回、と要求すると、フェリシアが掛け布団の中でさらに丸まった。
「~~っから、寝てるときだと、わからない、じゃないですか……!」
「……え?」
「今のは絶対聞こえてましたわよね!?」
 確かに聞こえた。だから別に聞こえなくて訊き返したわけでも、意地悪をしたわけでもない。
 そうではなくて、言われた意味を脳がうまく処理できなかったのだ。
 フェリシアはあの環境で育ちながら本当によくこんな純真さが残っているなと思うくらい奇跡みたいな存在だ。だからか、たまに薄汚れた自分の思考回路では到底想像もできないような発想に至ることがある。
 今回だってウィリアムは、寝起きは抵抗があるとか、衛生面が気になるとか、そういう世間一般的な理由を予測していたのだ。
 しかし現実のフェリシアはどうだ。「わからない」? 何がわからないのかウィリアムもわからない。
「フェリシア、違うんだ。意味を図りかねていて。わからないって、何がわからないんだい?」
 フェリシアからの返事はない。それでも急かすような真似はせず、気長に待ってみた。
 こんなとき答えるまで離してくれないと覚え込まされたフェリシアは、やがて諦めたように口を開く。
「寝てると、せっかくウィルがキスしてくれても、私がわからないです。私だってウィルにされるの、好き、なのに。ウィルだけずるいじゃないですか……」
 気づいたときにはもう、彼女から掛け布団を剥ぎ取っていた。
「ちょ、何するんですか!」
「何する? それはこっちのセリフだよ。君のほうこそ自分が何したかわかってる?」
 顕わになったフェリシアの顔は先ほどより赤い。そんな顔でウィリアムを睨みつけてきても全く怖くない。
「いいから布団、返してくださいっ」
「無理だよ。朝から酷いね、フェリシアは。そんなに私の理性を試して楽しい?」
「試した覚えありませんけど!?」
 最初はね、と囁いて彼女の頬に手を添える。
 そうして添えた手とは反対側の頬にキスをして、またその反対側の頬にも繰り返す。
 フェリシアは戸惑いながらもされるがままだった。
「これで起きなかったから、何をされたら起きるだろうって、今度はこうしたんだよ」
 彼女の鼻頭を甘噛みする。間近にある緑の瞳が丸く見開いた。
「君はこれでも起きないんだから、よほど楽しい夢でも見ていたのかな」
 瞼、こめかみ、額へと、数分前の自分の行動をなぞるように唇で辿っていく。
「ねえ、どんな夢を見ていたの?」
 最後、わざと息を吹きかけるように耳を食んだ。
「んっ」
 くすぐったそうに声を漏らしたフェリシアに、悪戯な笑みをこぼす。
「そう。ここでやっと君が今みたいな声を出して、寝返りを打ったんだ」
「!」
「でもやっぱり起きてくれなくてね」
 一度顔を上げたウィリアムは、熱に浮かされた新緑の瞳を見下ろしたあと、フェリシアの口に自分の親指をあてがった。
 すり、と唇をなぞる。彼女の瞳が期待に震えたのを見逃さず、満足げに口づけた。
 もう数え切れないくらいキスをしているのに、フェリシアは毎回目元に照れを忍ばせる。
 それを眺めるのが好きだった。今もじわりと浮かんでいく熱を認めて、開けていた目をふっと細める。
 やがて唇を離した。
「――という感じで、ここで君の目が覚めたんだ」
「~~っ誰も再現してほしいなんて言ってません!」
「そうかい? でもあれはそうとしか聞こえなかったけれどね」
 文句を言いつつも最後まで受け入れたのはフェリシアだ。ウィリアムの口づけを無意識にも待つ彼女を思い出し、たまらなくなってもう一度抱きしめた。
「フェリシアってさ、かわいさに際限がないよね」
「なに意味のわからないことを仰ってますの」
「毎朝『かわいい』と『尊い』を更新するから困るよ」
「……それを言うなら、ウィルも毎朝甘さが増していくから困りますわ」
「困る? どうして?」
「幸せすぎて」
「幸せ、すぎて?」
「贅沢な悩みだって、笑いますか?」
 おずおずと視線を合わせてくるフェリシアに、ウィリアムはつい吹き出してしまった。
 けれどもちろん、これは彼女が不安がった意味で笑ったわけじゃない。
「それなら私も同罪だね。同じ贅沢な悩みを抱えているから。ちなみに、今日はもうこのままゆっくりしたいなという気分と、予定どおりデートしたい気分が半々でせめぎ合っているんだけれど、これも贅沢な悩みだよね」
「ふふ。ですね」
「……起きる? 起きるなら、久々にベッドティーでもしようか? 私が淹れてくるよ」
「もうっ。なんでまた悩ませるようなことを言うんですか」
 唇を尖らせるフェリシアへくすくすと笑みをこぼしながら、ウィリアムはベッドから起き上がった。
「じゃあ悩める愛しい妻に、今日はベッドティーをお届けしようかな。白磁のティーカップはピクニックで使うだろう? 実は一つ、君にプレゼントがあって」
「え……今日はなんだか大盤振る舞いじゃありません? 何か特別な日でした?」
「いいや? それを言うなら、君と過ごせる日々が私にとっては特別な日みたいなものかな。君は初めて『欲しい』と思って、ずっと追いかけていた子だからね」
 彼女の義兄がその障壁となって立ちはだかった過去がもはや懐かしい。
 ウィリアムの言葉に照れてしまったのか、フェリシアはもぞもぞと首元まで掛け布団をたぐり寄せていた。やっぱりかわいい。
「それで話を戻すと、前にフェリシア、前世と違ってここではあまり動物を愛でられないと寂しがっていただろう?」
 シャンゼル国民にとって、動物とは魔物に変異する少しだけ恐ろしい存在という認識がある。よって彼女の前世のように愛でることはあまりない。
「君が話していた動物グッズなら用意できると思って、作らせてみたんだ」
「ほ、本当ですか? 本当の本当に?」
 今日一番の瞳の輝きを見て、用意してよかったと内心で拳を握る。彼女の喜ぶ顔は中毒性がある。これが見たくて何もない日でも贈り物をしたくなるのだ。
「それに淹れてくるから、少しだけ待っていて」
「ということはカップなんですね? はい! いつまでも待ちます!」
「ちなみに猫と犬なら?」
「あ、う~、また贅沢な悩みが……っ」
「ははっ」
「じゃあ、わんちゃんがいいです!」
 了解を返すと、部屋を出る間際、元気に手を振るフェリシアが視界に映る。本当にかわいい。宝石やドレスを贈ってもあんな顔は見られない。一筋縄でいかないからこそ、選び甲斐もあるというものだ。
(ピクニックのサプライズも、あれだけ喜んでもらえたらいいな)
 早くも午後へ思いを馳せながら、ウィリアムは朝日の差し込む廊下を進んだ。


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