冲方丁が『天地明察』『光圀伝』の次に描くのは、あの清少納言の物語!最新作に込めた思いや創作秘話を伺ってきました。 インタビュー/吉田大介 撮影/澁谷高晴

冲方丁インタビュー

——冲方さんは『天地明察』で、江戸期の天文学者・渋川春海の知られざる生涯を濃厚に綴り、『光圀伝』では、誰もが知る「黄門様」の意外な実像を苛烈に描き切りました。待望の歴史小説第三弾『はなとゆめ』の主人公は、清少納言。およそ千年前の平安時代、随筆文学の元祖『枕草子』を書いたことで知られる人物です。彼女の人生を小説にしよう、と思いついたきっかけを教えて下さい。

冲方 きっかけは『光圀伝』なんです。水戸光圀は若い頃に中国の歴史書『史記』を読んで、自分は日本の歴史を綴ろうと志します。そのくだりを書く時に、『史記』にまつわる日本のエピソードをいろいろ調べてみたんですね。その過程で、「天皇様は『史記』=「敷物」を書き写している、だったら私たちは『枕』を書く」と言った、清少納言のエピソードに出会いました。光圀が『史記』を追い求める一方で、清少納言が求めた『枕』とは何なんだろう? 『光圀伝』を書き終えた後でふと、そのことが気になり始めたんです。また、光圀は京都に対する憧れが非常に強い人物でした。彼に限らず、当時の江戸時代の武士たちが憧れた京都文化、その本源にあるのは平安時代に栄華を誇った朝廷文化です。『枕草子』は日本最古の女流文学であると同時に、平安貴族の日常をいきいきと綴った朝廷文学でもある。『枕草子』の成立過程を物語にすることで、当時のことを知ることができると思ったんです。
ちょうどその頃、新聞連載の依頼があったので、「清少納言はどうでしょう」とこちらから提案させてもらいました。

冲方丁インタビュー

——もともと『枕草子』を読んだことはあったのでしょうか?

冲方 『枕草子』をまともに読んだのは、実は今回が初めてでした。とにかく文章全体が明るくて、視点は斬新で。平安時代の貴族達の生活を綴った『大鏡』『栄歌物語』『源氏物語』は、きらびやかな世界をスクリーンのこちら側から見ている感じがしますが、『枕草子』は清少納言の感性に寄り添うことで、きらびやかな世界の中に自分も入っていけるんですよ。「ここには文章の極意がある!」と感じましたね。

——作中で、愛の定義が出てきます。「一番好きな人に、自分のことを一番好きになってもらう」——当時としては、斬新な感性だったのではないでしょうか?

冲方 「一夫多妻性なんていやだ」と、当時の夜ばい制度を否定する発言です。「私はこう思うのよ!」と独自の意見を披露して、みんなに笑われるというのが『枕』のお決まりのパターンですが、笑っているほうもハッとさせられていると思いますね。千年も前に書かれたものなのに、現代に通じる普遍性がある。『枕草子』が千年後の今も残っているのは、当然だと思います。

——『はなとゆめ』というタイトルには、どんな思いを込めましたか?

冲方 タイトルはいろいろ悩んだんですが、先に物語のテーマが決まっていたんですね。人生の「華」を見ること、「華」が永遠に続くことを「夢」見ること。ともに『枕草子』に記されたテーマです。最終的には、ヘンにひねらず、ひらがなの『はなとゆめ』でいこうと決めました。その後で、はたと気づいたんです。そういえば、似た名前の少女漫画雑誌があったぞと(笑)。

——冒頭を引用します。<いかにしてわたしがあの御方のもとに招かれたのか——それを書く前に一つ、わたし自身にいつもの、常なる問いかけをしておくべきでしょう。/花を見ることは、果たして嘆くべきことなのか——と>。実は本作は清少納言の物語でありつつ、「清少納言と中宮定子」の物語でもあります。二人の関係性をクローズアップした理由とは?

冲方 最初は漠然と、『枕』の成立過程を物語にしたいなと思っていたんですが、いろいろと資料を調べていくうちに、清少納言自身に実はモチベーションがなかったんだと分かってきたんです。清少納言個人の人生にフィーチャーしすぎると、いつまで経っても『枕』を書かない(笑)。彼女の人生の歯車が回り出すのは、一条天皇の后である、中宮定子に出会ってからなんですよ。

冲方丁インタビュー

——清少納言は二八歳の時、漢詩の才能を認められて、当時一七歳の中宮定子に仕える「女房」集団の一員となります。

冲方 最初は清少納言も内裏の雰囲気に馴染めず、縮こまっているんですけど、定子に促されるようにしてだんだん開き直っていきます。だんだん行儀が悪くなっていくところも見所です(笑)。非常にかわいげがある人なんですよ。イジられキャラなんですが、自分が笑われることに対して非常にやわらかなんです。意地悪をされても、投げつけられた悪意に対して、悪意を返さない。悪意に対して、笑いを返す人なんです。男達にやたらモテたのも理解できますね。ちなみに、『枕草子』の中で清少納言は「私なんてどうせ不細工ですから」とおどけるんですが、第三者がそういう評価を下したというくだりがまったくない。これは彼女なりの奥ゆかしさであって、実はものすごい美人だったんじゃないか、と……。今のは完全に、余談です(笑)。

——男女問わずモテる、そんな清少納言がもっとも愛情を傾けたのは、中宮定子だったんだと読めました。清少納言はなぜそこまで、定子のことを敬愛したのでしょうか?

冲方 「他人の才能を覚醒させる」ことが、中宮定子の才能でした。清少納言はそれまで、自分を平凡な人間だと思っていたんですよ。ところが定子とのやりとりを通して、清少納言は何段階も覚醒していくんです。自分はこういう人間だったんだ、こういう能力があったんだと、才能に目覚めていく。自分を目覚めさせてくれた、自分を自分にしてくれた人に対する恩返しが、『枕草子』です。もともとは中宮定子という一人の読者を喜ばせるために書かれた、極めて私的なエッセイだったんです。

冲方丁インタビュー

——きらびやかさと知性が共存する内裏での幸福な日々を、『はなとゆめ』は丁寧に、やさしい言葉で綴っていきます。しかし、物語はやがて悲劇の色合いを帯びていく。後世にも知られる権力者・藤原道長が暗躍し、定子と清少納言はやむをえず政争に巻き込まれていくことになります。

冲方 中宮定子が厳しい運命に翻弄される様子は、書いている僕自身も非常に苦しかったですね。ただ、清少納言を含めた女房たちは、明るく軽やかなんです。定子を暗い気持ちにさせないよう、意識してそう振る舞っている。美しい信頼関係だと思いました。

——その先で、「華」に関する問いかけが登場します。「華が輝かしければ輝かしいほど、失われたときの空虚さは耐えがたいものになる」「いつか失われてしまうものならば、そもそも求めないほうがよいのだ」。そんな意見が世の中にあることを知りながら、清少納言は己の態度を貫きます。

冲方 自分はかつてこんな幸せな日々を送っていた、あるいは、かつて将来にこんな夢や希望を抱いていた……。それが後に打ち砕かれたとしても、「抱いた」こと自体が大事なんです。そのこと自体を、肯定したかったんです。

——その力強い肯定が、ラストで描かれていますね

冲方 最後の一行を「春は、あけぼの」にすることは、書き始めた時から決めていました。みなさんもよく知っている、『枕草子』の冒頭の一行です。物書き的な視点から言わせてもらうと、このレベルの洗練された見事な文章を、一番最初に書いていたとは思えないんですよ。人に見られることを前提にして書いたものであれば、一番上手に書けたものを、一番最初に持ってきたくなるはずなんです。そう考えると、文章も熟練し自分が書いているものの全体像が見えてきた頃、つまり最晩年になってから完成させた文章ではないかと想像しました。この文章にはどんな思いが込められているのか、いかにしてこれを書くに到ったのか。この物語は、あの一行を味わうために書いたと言っても過言ではないです。

——『はなとゆめ』を書き終えた今、どんなことを感じていますか?

冲方 ひとつの文章が千年生き残るということに対して、現実味を感じられるようになりました。書き手が心血を注いだから残るというものではないし、途方もない価値があったものだって失われる可能性はある。そんななかでも、残るべくして残るものはやっぱりあるんです。僕もいつか、一作でもいいから、千年残る作品を書いてみたいです。

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冲方丁が『天地明察』『光圀伝』の次に描くのは、あの清少納言の物語!最新作に込めた思いや創作秘話を伺ってきました。 インタビュー/吉田大介 撮影/澁谷高晴

冲方丁インタビュー

——冲方さんは『天地明察』で、江戸期の天文学者・渋川春海の知られざる生涯を濃厚に綴り、『光圀伝』では、誰もが知る「黄門様」の意外な実像を苛烈に描き切りました。待望の歴史小説第三弾『はなとゆめ』の主人公は、清少納言。およそ千年前の平安時代、随筆文学の元祖『枕草子』を書いたことで知られる人物です。彼女の人生を小説にしよう、と思いついたきっかけを教えて下さい。

冲方 きっかけは『光圀伝』なんです。水戸光圀は若い頃に中国の歴史書『史記』を読んで、自分は日本の歴史を綴ろうと志します。そのくだりを書く時に、『史記』にまつわる日本のエピソードをいろいろ調べてみたんですね。その過程で、「天皇様は『史記』=「敷物」を書き写している、だったら私たちは『枕』を書く」と言った、清少納言のエピソードに出会いました。光圀が『史記』を追い求める一方で、清少納言が求めた『枕』とは何なんだろう? 『光圀伝』を書き終えた後でふと、そのことが気になり始めたんです。また、光圀は京都に対する憧れが非常に強い人物でした。彼に限らず、当時の江戸時代の武士たちが憧れた京都文化、その本源にあるのは平安時代に栄華を誇った朝廷文化です。『枕草子』は日本最古の女流文学であると同時に、平安貴族の日常をいきいきと綴った朝廷文学でもある。『枕草子』の成立過程を物語にすることで、当時のことを知ることができると思ったんです。
ちょうどその頃、新聞連載の依頼があったので、「清少納言はどうでしょう」とこちらから提案させてもらいました。

冲方丁インタビュー

——もともと『枕草子』を読んだことはあったのでしょうか?

冲方 『枕草子』をまともに読んだのは、実は今回が初めてでした。とにかく文章全体が明るくて、視点は斬新で。平安時代の貴族達の生活を綴った『大鏡』『栄歌物語』『源氏物語』は、きらびやかな世界をスクリーンのこちら側から見ている感じがしますが、『枕草子』は清少納言の感性に寄り添うことで、きらびやかな世界の中に自分も入っていけるんですよ。「ここには文章の極意がある!」と感じましたね。

——作中で、愛の定義が出てきます。「一番好きな人に、自分のことを一番好きになってもらう」——当時としては、斬新な感性だったのではないでしょうか?

冲方 「一夫多妻性なんていやだ」と、当時の夜ばい制度を否定する発言です。「私はこう思うのよ!」と独自の意見を披露して、みんなに笑われるというのが『枕』のお決まりのパターンですが、笑っているほうもハッとさせられていると思いますね。千年も前に書かれたものなのに、現代に通じる普遍性がある。『枕草子』が千年後の今も残っているのは、当然だと思います。

——『はなとゆめ』というタイトルには、どんな思いを込めましたか?

冲方 タイトルはいろいろ悩んだんですが、先に物語のテーマが決まっていたんですね。人生の「華」を見ること、「華」が永遠に続くことを「夢」見ること。ともに『枕草子』に記されたテーマです。最終的には、ヘンにひねらず、ひらがなの『はなとゆめ』でいこうと決めました。その後で、はたと気づいたんです。そういえば、似た名前の少女漫画雑誌があったぞと(笑)。

——冒頭を引用します。<いかにしてわたしがあの御方のもとに招かれたのか——それを書く前に一つ、わたし自身にいつもの、常なる問いかけをしておくべきでしょう。/花を見ることは、果たして嘆くべきことなのか——と>。実は本作は清少納言の物語でありつつ、「清少納言と中宮定子」の物語でもあります。二人の関係性をクローズアップした理由とは?

冲方 最初は漠然と、『枕』の成立過程を物語にしたいなと思っていたんですが、いろいろと資料を調べていくうちに、清少納言自身に実はモチベーションがなかったんだと分かってきたんです。清少納言個人の人生にフィーチャーしすぎると、いつまで経っても『枕』を書かない(笑)。彼女の人生の歯車が回り出すのは、一条天皇の后である、中宮定子に出会ってからなんですよ。

冲方丁インタビュー

——清少納言は二八歳の時、漢詩の才能を認められて、当時一七歳の中宮定子に仕える「女房」集団の一員となります。

冲方 最初は清少納言も内裏の雰囲気に馴染めず、縮こまっているんですけど、定子に促されるようにしてだんだん開き直っていきます。だんだん行儀が悪くなっていくところも見所です(笑)。非常にかわいげがある人なんですよ。イジられキャラなんですが、自分が笑われることに対して非常にやわらかなんです。意地悪をされても、投げつけられた悪意に対して、悪意を返さない。悪意に対して、笑いを返す人なんです。男達にやたらモテたのも理解できますね。ちなみに、『枕草子』の中で清少納言は「私なんてどうせ不細工ですから」とおどけるんですが、第三者がそういう評価を下したというくだりがまったくない。これは彼女なりの奥ゆかしさであって、実はものすごい美人だったんじゃないか、と……。今のは完全に、余談です(笑)。

——男女問わずモテる、そんな清少納言がもっとも愛情を傾けたのは、中宮定子だったんだと読めました。清少納言はなぜそこまで、定子のことを敬愛したのでしょうか?

冲方 「他人の才能を覚醒させる」ことが、中宮定子の才能でした。清少納言はそれまで、自分を平凡な人間だと思っていたんですよ。ところが定子とのやりとりを通して、清少納言は何段階も覚醒していくんです。自分はこういう人間だったんだ、こういう能力があったんだと、才能に目覚めていく。自分を目覚めさせてくれた、自分を自分にしてくれた人に対する恩返しが、『枕草子』です。もともとは中宮定子という一人の読者を喜ばせるために書かれた、極めて私的なエッセイだったんです。

冲方丁インタビュー

——きらびやかさと知性が共存する内裏での幸福な日々を、『はなとゆめ』は丁寧に、やさしい言葉で綴っていきます。しかし、物語はやがて悲劇の色合いを帯びていく。後世にも知られる権力者・藤原道長が暗躍し、定子と清少納言はやむをえず政争に巻き込まれていくことになります。

冲方 中宮定子が厳しい運命に翻弄される様子は、書いている僕自身も非常に苦しかったですね。ただ、清少納言を含めた女房たちは、明るく軽やかなんです。定子を暗い気持ちにさせないよう、意識してそう振る舞っている。美しい信頼関係だと思いました。

——その先で、「華」に関する問いかけが登場します。「華が輝かしければ輝かしいほど、失われたときの空虚さは耐えがたいものになる」「いつか失われてしまうものならば、そもそも求めないほうがよいのだ」。そんな意見が世の中にあることを知りながら、清少納言は己の態度を貫きます。

冲方 自分はかつてこんな幸せな日々を送っていた、あるいは、かつて将来にこんな夢や希望を抱いていた……。それが後に打ち砕かれたとしても、「抱いた」こと自体が大事なんです。そのこと自体を、肯定したかったんです。

——その力強い肯定が、ラストで描かれていますね

冲方 最後の一行を「春は、あけぼの」にすることは、書き始めた時から決めていました。みなさんもよく知っている、『枕草子』の冒頭の一行です。物書き的な視点から言わせてもらうと、このレベルの洗練された見事な文章を、一番最初に書いていたとは思えないんですよ。人に見られることを前提にして書いたものであれば、一番上手に書けたものを、一番最初に持ってきたくなるはずなんです。そう考えると、文章も熟練し自分が書いているものの全体像が見えてきた頃、つまり最晩年になってから完成させた文章ではないかと想像しました。この文章にはどんな思いが込められているのか、いかにしてこれを書くに到ったのか。この物語は、あの一行を味わうために書いたと言っても過言ではないです。

——『はなとゆめ』を書き終えた今、どんなことを感じていますか?

冲方 ひとつの文章が千年生き残るということに対して、現実味を感じられるようになりました。書き手が心血を注いだから残るというものではないし、途方もない価値があったものだって失われる可能性はある。そんななかでも、残るべくして残るものはやっぱりあるんです。僕もいつか、一作でもいいから、千年残る作品を書いてみたいです。







「本の旅人 2013年12月号」



待望の文庫化!







電子ビジュアル版は新聞連載時のカラー挿画(遠田志帆/画)全198点を収録!